過去のアホ話その11〜20




 アホ話その11から始まります。
 (注)この物語はフィクションです。実在の人物、団体等とは一切関係ありません。

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アホ話その11(1997.09.12.)

 最近のアニメ番組というのは、昔の作品を作り直したいわゆるリメイク版が多いのだという。私も友人から教えられて、「キューティーハニー・F」なる番組を見た。そう、永井豪原作の、今から20年程前に流行ったあの「キューティーハニー」のリメイク版である。しかし時は過ぎ、旧作ハニーは変身シーンのみが網膜に焼き付いて内容なんぞいまや完全に忘却の彼方である。しかも実際見てみると、期待したほど変身シーンはいやらしさを感じない。少年の頃、あのシーンのためだけに心躍らせていた自分はすでになく、ブラウン管を見つめながらパンサークローって敵の名前だっけ、などと記憶の糸を手繰りよせているに過ぎなかった。
 ところが、である。今度のハニーは俗世で活動するさい様々な職業の人間に変身すると知り、私はそうだったろうかと首をかしげてしまった。旧作のハニーはハンチング帽をかぶりカメラを首からぶら下げ、記者なのに「スクープハニー」などという恥ずかしい名前を自ら名乗っていただろうか。今ならパパラッチハニーという時事ネタはさておき、バイクのライダーなのに「ハリケーンハニー」などと叫んでいただろうか。数週にわたり見ていたが、リメイク版の彼女は毎回職業が違うのだ。どうも少年時代に刷り込まれた変身シーンばかりが肥大化しており、旧作のそうした内容についてはまるで覚えていなかった。すると途端に、看護婦、じょしこおせえ、新体操の選手とかというのも一つの職業だよなあなどと妄想に走ってしまうあたりが、不健全な大人になった証だったりする。大人のバカヤロー! あの時ハニーにときめいていた俺の純粋な心を返せーっ! せーっ! せーっ! せーっ!
 さて不健全な大人、というのは不謹慎な大人にも通じるが、仮にパンサークローの最終目的が日本国家の転覆にあったとする。ハニーは当然これを阻止すべく行動を起こすわけだが、国家防衛とはすなわち国体護持だと話は進み、変身シーンはピンクのシルエットに十二衣をまとえば皇室の女官「宮廷ハニー」の運命はもはや避けられない。避けろよ。
 せめて白衣の薬剤師となってユンケルを配り歩く「皇帝ハニー」であれば、タモリと競演…バカである。

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アホ話その12(1997.10.06.)

 私が初めてイカスミに遭遇したのは学生の時だった。突然なにをとち狂ったか、学食にイカスミカレーなるものが出現し、メニューのマンネリズムに不満百出だった連中も黄色いライスに墨汁のようなルーというおよそ料理の色彩感覚を超越した二色のコントラストにはのけぞった。配膳係のおばちゃん曰く、ライスにカレー粉、ルーにイカスミがそれぞれ入っただけの普通のカレーということらしいが、しかしいくら体に良かろうがなんだろうが皆の網膜に焼き付いた“墨汁ルー”の破壊力は絶大であった。結局、健康面より精神面に力点の置かれたこのイカスミカレーは日替わり定食であったことが幸いして、一部からは熱烈なアンコールを送られつつも翌日には姿を消していた。
「そういえば、最近見かけないね」とは“イカスミ”のキーワードに反応した妙子さん(仮名)。「“おっとっと”の真っ黒いのって、食べたことある?」
「おっとっと? ああ、お菓子ね」
私もコンビニでスナック菓子を物色していたとき、一度だけそれを衝動買いしたことがある。クジラやタコなど海洋生物を象った黒い物体は面白くもあったが、“湾岸戦争”“タンカー事故”などとよけいな単語を連想してしまうので、以来一度も口にしていない。
「あとね〜“イカした奴でスミません”っていうのもあったよ」
「な、なにそれ?」
「道内のメーカーが作ってるお菓子だって」
「食べたことあるの?」
「ううん、新聞で見ただけ」
メード・イン・ローカルなら近所の店でも取り扱っていそうなものだが、イカした某にはお目にかかったことがない。しかも妙子さんの長いクチバシにもひっかからないとは、売り切れ続出だからか、あるいはもはや売られていないからか。命名に苦労の跡が窺えるものの、店頭に見当たらない理由は何となく想像出来てしまうから悲しい。
 ちなみにイカスミで成功している食品には、富良野名物イカスミカマンベールチーズが挙げられよう。知っての通りカマンベールチーズは表面が白カビで覆われた美しい円柱状であることが多いが、富良野の場合、その白い塊にナイフを入れると黒い断面が露出するのである。訪れる観光客は皆一様に驚き試食を躊躇する者もいるのだが、しかしイカスミカレーと同様、味や食感は普通のものとなんら変わりはない。いやむしろ丁寧な造りで、市販品をはるかに凌ぐ美味しさである。しかし、黒い。チーズフォンデュだけは避けたいところだ。
「そうだよね、黒くても変じゃない食べ物だったらいいのに」
「黒飯…」
「わあっ!」突然耳元で囁かれて私はあせった。「柴田(仮名)かよ! なんなんだいったい」
「いやあ、黒くても変じゃない食べ物っていうから」
「だからっていきなり後ろから喋るな、気色悪いな。で、なに? 黒飯?」
「そうそう、葬式の引き出物」
「バカヤロ、そりゃ香典返しっていうんだ。それに黒いのは豆で、米粒じゃないだろ。どこにイカスミ使うんだ」
他にも煮豆、あん、羊羹などが候補に挙がったがそれらはもともと黒に近い。そこで新たに黒くする食品を考えてはみたものの、妙案は浮かばず数分が経過した。
「…青汁は?」
ぶっ!
 あまりに唐突であった。
 この妙子さんの青汁発言によってイカスミ談義は根底から吹っ飛び、その晩、タンカーから流出した青汁が周辺一帯を汚染する悪夢に私はうなされていた。

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アホ話その13(1997.10.25.)

 水泳を苦手とする人は多いかと思いますが、その理由ともなると様々ではないでしょうか。幼児期の恐怖体験に基づくものから、息継ぎができない、顔を水に付けられない、とにかく浮かない等々。私なんぞは疲れるからと答えちゃったりたりして、会話を無意識のうちに乱していますが。
 ところでそこへいくと妙子さん(仮名)の理由もまた難儀だったりするわけで、水を張った洗面器に顔を沈めただけで「ごめんなさい」とすぐに上げてしまうくらい苦手なんだそうです。
 あれ? ごめんなさいって、そりゃ誰に言ってるの。
「自分の体に」
 なんだそりゃ。
「ごめんね辛い思いさせちゃって、ごめんね自分の体って」
 心と体は別物かい。
「うん、あたし時々自分が自分じゃないようが気がするの」
 またそういう台詞を嬉しそうに言わないでくれる? こっちがどう対処したらいいか悩むんだから。でもそんなこと言うってことは、妙子さんも実は結構ストレスたまってるんでしょ。
「そうなのよ。だから週末には別な体があるから、それで遊んでストレス解消してるの」
 あのね、そんなこと言うと妙子さん家に本当にスペアが2、3体あるようで気持ち悪いからやめてよ。それにその“別な体で遊ぶ”ってのもちょっと卑猥に聞こえるんだけど。
「そうかな?」
 そうだよ。せっかく久し振りにお茶に誘ったのに、なんなのこの色気のない会話は。こんなことじゃ妙子さんずーっと結婚出来ないよ。
「失礼ね〜、いつかするわよ私だって」
 おや、それじゃ彼氏募集中なわけ?
「そりゃそうよ。別な体で」
 …もういいです。

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アホ話その14(1997.11.20.)

 ある事物が、人に特異な言動や行動を取らせ破綻させることはよくある話だ。なかでも酒席、ついで海外旅行、ちょっと冒険して風俗、イっちゃったところでクスリ等々が挙げられよう。しかし小市民な私はせいぜい酒席までしか思いつかない。仕事帰りに赤提灯へ寄り道することはあっても人生の寄り道をしたことはまだない、はずである。気付いたらやっていたとか、なにかが入ってきて動かされたなんてのはあるかも知れないが。
 ところで柴田(仮名)はセーラー服がいいのだという。酒席での戯れであろうとその場は大して気にも留めていなかったが、後日、本気であるとの本人の告白に私の胸中は理解と困惑の感情が渦巻いた。気持ちは解らんでもないが、なぜセーラー服なのか。聞けば、今日日は猫も杓子もブレザーなどという無愛想な制服が大手を振ってまかり通り、それが自分の胸中に秘められた幾ばくかの甘酸っぱい青春時代を、有無を言わさず否定されているようで我慢がならないのだという。彼の身の上に何があったかは知る由も無いが、もし将来彼の婚約者を紹介される機会があったなら、私は柴田の親友としてこの事実を彼女に告げるべきか否か今から悩んでいる。「息子は生むな。娘が生まれたらセーラー服を着せろ」では間違いなく私が変態扱いである。かといって黙して過ごせば奥さんや子供達の将来を破滅へと向かわせてしまう。特に経済的な理由でなく制服の如何で子供の進学先を決めるなど柴田ならやりかねない。
「お父さん、どうして○○高校がだめなのっ! 模試の成績だっていつもAランクだし、きちんと勉強してるじゃない!」
「ダメだ! あんなたるんだブレザーを着るような高校は、お前の将来のためにならんっ!」
「なんでよっ、見かけだけで判断しないでよ!」
ばかやろう! ガチャーン!(ちゃぶ台をひっくり返す音)
「あの学校はブレザーなうえに水泳授業もないだろう。スクール水着も着ないような娘にオレは育てた覚えはないぞっ!」
「なによっ! いっつもセーラー服、スクール水着、白衣、スチュワーデスって!」
「いいか、お前はいいセーラー服、いいスクール水着のある学校を出て、いい制服の会社か病院に入るんだ。父さんはお前の将来のためを思って言ってるんだぞ」
「あたしはお父さんの着せ替え人形じゃない! ほかに着たい服だって沢山あるのよ!」
パンッ!(平手打ちの音)
「お父さんの…お父さんのバカァァァァァァ!」自分の部屋へ駆け出す娘。
やっぱり別な意味で病んだ家庭になりそうだ。
 さて、私が仕事を終え帰宅しようとしたところ、柴田が珍しく神妙な面持ちで相談を持ちかけてきた。懐に隠し持っていた見合い写真を私に見せると、相手の顔は気に入ったのだが仕事の方が問題だと説明した。20歳で短大卒、親と同居しており仕事は就職難のため地元の神社で巫女のバイトをしているのだという。
「なんだバイトか。それなら別に面倒な話でも無いだろう。どうせ巫女さんなんて若い女の子しか雇わないんだし」
「それなんだよ、それ。この写真見たら袴姿がめちゃくちゃ似合いそうじゃないか。なのに結婚したら袴を脱ぐんだぜ」
「その“袴を脱ぐ”って言い方やめろよ。おまえが言うとなんか卑猥に聞こえるぞ」
「だって巫女だぜ巫女。あの清純な白に、燃えるような赤。狂おしいじゃないか。結婚してもちょっとは続けてくれないかなーと思ってさ」
「あのなあ。それじゃこの間のセーラー服の話はどうなるんだ」
「上が純白でスカートが赤なら問題ない」
「大ありだっての」
結局、柴田はセーラー服もいいが巫女の姿もいかに魅力的であるかを力説し、次の日曜には見合いの席で巫女の件をきっちり質すと力強い決意を述べてくれた。セーラー服を裏切り、安易に巫女の袴姿に走った男の末路はいかに。
 続きは次回の講釈…って、あるかそんなの。

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アホ話その15(1998.01.29.)

 また電磁波だったりする。
 最近ますます騒がれるようになってきたが、“電磁波”という単語が一般名詞化したことで、更に怪しげな通販商品が登場してきた。
 身に着けるだけで電磁波をカットするというブレスレット。貼り付けるだけで電磁波を“中和”すると謳ったシール。だがとりわけ私が頭を抱えたのは、置くだけで部屋中にただよう電磁波を吸収してくれるという備長炭だ。ちょっとまて。電磁波は塵や埃か。パソコンの前に座り、はにかみながら電磁波防止エプロンを着けていたあの頃が懐かしい。
「こんなの携帯に貼っただけで効くのかな?」
そう言いながら自分のDoCoMoに電磁波防止シールを貼っているのは柴田(仮名)であった。パッケージの説明書を読みながら、貼り付けたシールを観察している。
「えーと、“携帯電話から発生する電磁波を99%中和します”だって。中和ってどういうことだ?」などと、誰に向かって言うでもなく一人でぶつぶつ喋っている。だから今はみんな仕事中なんだってば。
「中和ってことは、電磁波に酸性とかアルカリ性ってあるのかな」
「たのむ柴田、仕事してくれ」
本当に困る、という顔を彼に向けながら私は嘆願したのだが、あっさり無視されてしまった。
「酸っぱい電磁波? アルカリ性ってどんな味するんだろう。おまえ知ってる?」
「アルカリ性は苦いんだよ。石鹸はアルカリ性だから舐めればすぐ分かるぞ」
あ、しまった。
「へえ、苦いのか。それなら甘い電磁波とかあっても良さそうだけどな」
「良くないっての」
「それじゃキシリトール配合にしよう。虫歯を防ぐ電磁波。プラークコントロールもこれでバッチリ!」
「だからそうじゃなくて」
こうして瞬く間に柴田のペースに引きずり込まれてしまった。
「しかし貼り付けるだけで電磁波を防ぐっていうんなら、魔除けのお札と大して変わらん気もするな。いっそ神社で売り出した方がいいんじゃないのか。電磁波防止祈願とかってさ」
「ほ〜、柴田にしちゃ珍しく賢いこと言うじゃないか。じゃあ、もし電磁波防止神社ってのが出来たら何を祭るんだ?」
「そうだな、電磁波もののけ姫」
「そりゃ人間を襲う方だろうが」
「“この映画は電磁波を出しません”ってさあ…」
「ダメだな」
しかしブレスレットや備長炭が出るくらいだ。ちょっとおかしな理屈を付けて売り出しても、ある程度の消費が見込めそうだから恐い。さらにマスコミが電磁波の恐怖を煽れば、いずれ冗談とも本気ともつかない商品が登場しそうだ。例えば、UVケアならぬ電磁波ケアの化粧品。紫外線も一種の電磁波には違いないから、こうした商品を電磁波に応用する余地はありそうだ。問題は使用前、使用後の効果をどのように説明するかだが…。しかしこのときの我々は、そういう常識的な発想の轍から脱輪しさらに危険で非常識な薮の中へと突き進んでいた。
「電磁波防止壷と印鑑もいいんじゃないか」
「やばいよそれは」
「じゃあ、電磁波防止金庫。最近は不景気でタンス預金をする人も増えてるっていうし」
「カネを電磁波から守ってどうすんだよ」
「だからさ、カネは人間の欲望がこびりついているから電磁波も溜まりやすい性質があるって言うんだよ。しかも電磁波の溜まったカネは不幸を招くってことにすりゃあ多少は説得力がある」
「おまえそういうアイディアはすぐ浮かぶのな」
その発想力を普段の仕事にも活かして欲しい。
「あと“子供”ってのも重要なキーワードだぞ。子供を電磁波から守る、といえば多少怪しくても買う親はいるな、絶対」
「例えば?」
「電磁波防止スナック。食べるだけで体内から電磁波を防ぐ」
「またそういう無茶をいう」
「ほら、むかし“頭の良くなるスナック”とかってあっただろう。だから今度もドクター中松の推薦ってことで」
「うーん…」
 さすがに私も返答に詰まってしまった。だがっ! ここで来た。来た来た。来てしまいました。妙子さん(仮名)が。
「ねーねー、それならパソコンだって電磁波が出るからエプロン着けてるんでしょ〜? 電磁波を出さないウィンドウズって出来ないのかな」
「…………どうやって」
一瞬の間と軽いため息のあとに私は絞り出すように返答したが、しかし私のそうした態度を気に留めることもなく妙子さんは快活に話を続けた。
「それにあたしよく知らないんだけど、ポケモン見ていておかしくなったのも電磁波のせいなんでしょ?」
「ちがうちがう」
「そうか、色の使い方とか撮影の仕方を工夫すれば、テレビの電磁波も無くせるんじゃないのか? 妙子さん、それグッド・アイディア!」
柴田、お前はしゃべるな。
「でしょ〜? だから電磁波防止番組ってあってもいいと思うんだけどなあ」
「視聴率の高いのなら“電磁波防止サザエさん”は必須だな」
「あんなので倒れる子供がいるか。だいたい“電磁波防止サザエさん”なんて、アンドロイドのタラちゃんが出てきそうで嫌だぞ」
「わかったよ。それじゃあ“電磁波防止ポケモン”」
「電磁波、ゲットだぜ!」
このとき気分の高ぶった妙子さんの声は事務室全体に響きわたってしまった。「今のはなに?」という周囲の視線に、さすがの妙子さんも赤面してしまった。
「…さ、仕事しよ」
私は「2人とは無関係です」というあからさまな態度を示しつつ、自分の机に向き直った。
 ところで話は全然変わるが、特撮番組の「電子戦隊デンジマン」は今だと放送禁止になるんだろうか。

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アホ話その16 「単位変換系、みたいな」 (1998.02.26.)

 500メートルと0.5キロ。
 一見、数学的には等価なこれらの数字は、与えられた状況によってその持つ意味を微妙に変化させている。例えば人に道を尋ねたときだ。
「すみません。この近くに山一證券はありませんか?」
「ありますよ。ここをまっすぐ行けばすぐです。そうですね、だいたい…」

1)「500メートルです」
2)「0.5キロです」

 自主廃業のはてに世間そのものから遠くなった、という指摘はこの場合無視するとして、さてどうだろう。
 ほかにも例えば体重を言い表すとしよう。上野動物園にカンカン、ランランという2匹のパンダがいたとする。一日中笹の葉を食べているか、タイヤと戯れるだけのこの愛らしい2匹の成長過程を見守りたい、と望むのは人情というやつだ。テレホンサービスを通じて毎日2匹の様子が伝えられ、しまいには電話回線がパンク寸前となる。そのときの説明が「カンカンとランランはすくすくと成長して、体重は2匹とも…」

1)「300キロになりました」
2)「0.3トンになりました」

 300キロならば「大っきい! チョーカワイイ!」などと奇声を発していそうだが、これはまだ自分達の体重世界と同一の基準面で感じられるからにほかならない。だが「トン」という単位はパンダをトラック野郎の世界へと誘い、名前も「トントン」以外には許されない状況となる。しかもオリには「御意見無用」「吉永小百合命」といったプレートが貼られ、子供達の夢だったパンダの楽園は、タイヤとの戯れからハンドルとの格闘に舞台を移して網走番外地な運命を背負わされてしまうのだ。
 こうして、距離にしろ重さにしろ「キロ」「トン」といった日常生活の一歩先を行く単位を使われると、人々は戸惑いを感じてしまう。だが戸惑ってばかりはいられない。やはり自由で柔軟な発想のもとに、もっと積極的な単位変換運動を推進しなければならない。
 例えばファミリーレストラン。最近はダイエットに注意を払う人が多いせいか、メニューにカロリー表示は当たり前となった。だが数字で表示されても、眼下に広がる大自然直送の食材には抗しきれないかも知れない。またカロリー表示が当たり前となることで、「カロリー」の4文字が風景に埋没してしまうかもしれない。これではいけない。人間はある一定の刺激に慣れてしまうと、より強い刺激を求めるというではないか。
「どれにしようかな」
「あ、このステーキ美味しそう」
「じゃ、それにしようか。でもダイエットしてるんだろ? 大丈夫なのか?」
「平気よ。だって…」

1)「600キロカロリーだし」
2)「0.6メガカロリーだし」

 前二者の例にならえば、ここでメガ単位を用いることはいかにもカロリーが高そうだという印象を与え、ダイエットの効果を高めるのは疑いない。
 しかし油断は禁物だ。さらにメガカロリーの表示に慣れてしまえば、人々の飽くなき脂肪摂取作業は再び開始されるかも知れない。そして数年後には上記の選択肢もこう書き直されるに違いないのだ。

1)「0.6メガカロリーだし」
2)「0.0006テラカロリーだし」

 単位変換運動、始める前からすでに破綻している。

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アホ話その17(1998.03.14.)

 最近は少年のナイフを使った凶悪事件が多発している。こうした背景には青少年がテレビ番組の影響を受けたからだとの指摘もあり、「Vチップ」の導入が検討されているという。この「Vチップ」とはテレビに内蔵されることによって、番組中の過激な暴力シーンや露骨な性描写をカットしてしまう機能を持ち、ちょうど衛星放送のスクランブルと逆の働きをするものらしい。ちなみにここでいう「V」とはViolence=暴力の頭文字だ。
「V・i・o・l・ence〜楽しいな♪」
朝。軽快なステップで鼻歌まじりに出勤してきたのは柴田(仮名)。
「なんだ、朝からやけに機嫌がいいじゃないか」
「ふっふっふ、サインはVチップ!」などといきなり私と妙子さん(仮名)に向かってVサインを放つ。行動が意味不明だ。
「V!」妙子さんもそれに応える。朝から疲れるこの2人。
「今朝のテレビ見たか? “Vチップ”って話」
「ああ、テレビの暴力シーンをカットするとかいう…」
「そうそう。それでな、あれが導入されたらどうなるんだろうって考えたらおかしくってさ」
こういう時は大体くだらん話になる。まあ、まだ始業までには時間もあるし、いいか。
「あれって暴力シーンとセックスシーンをカットするだろう? 具体的にどうやると思う?」
 柴田が言うには、音声は“ピー”で済ませるにしても、カットする間の画面はどうなるのかが疑問だという。たしかに“しばらくおまちください”では違和感があるし、“砂嵐”や“テストパターン”では故障と間違えられそうだ。
「そこで考えたんだが、ここは“モザイク”しかないだろうな、やっぱ」
「おいおい、セックスはともかくナイフ振り回してる奴までモザイクかよ」
「Vチップの目的には合ってるだろう?」
「主旨に反するっての。モザイクだと余計興奮しちまうだろうが」
「そりゃ大人の条件反射。子供には問題ない」
「そうかあ?」
 さらに「どれが暴力的で、どれが過激な性描写なのか」という基準も曖昧なことが指摘された。そうなると映倫やビデ倫と同様、「テレ倫」あるいは「V倫」といった団体が組織されるのだろうか。しかし毎日休む間もなく放送され続ける番組のひとつひとつを、在京キー局のみならず地方局の独自番組まで審査するには相当の人員と労力が必要とされるだろう。ましてや生放送ともなれば、審査員が放送局に張り付いて即“Vカット”できるように待機しているのだろうか。おそらく不可能だ。
「そこでな、Vチップ自身が判定機能を持つようにするんだ」
「どうやって?」
「画面の90%以上が肌色や赤色になったら、カット」
「あんまり意味なさそうだな」
「それじゃあ、画面に“V”って文字が出たらカットしてもいいんじゃな〜い?」
「え?」
「だってバイオレンスの“V”だって判るでしょ?」
毎度のことだが、妙子さんの思考回路というのは一体どうなってるんだろう。
「あのねえ、それじゃ“Vリーグ”中継とか“サインはV”の再放送が出来なくなるでしょ」
「Vリーグはもともと人気ないんだし、構わんと思うけどな。それよか“東映Vシネマ”なんかが…」
「柴田、それも違う」
「それじゃニュースの中継で野次馬がVサイン出したら、モザイクになるとか?」
「だからならないってのに。まったくもう」
 しかしこうした判定基準の曖昧さは、いずれ行き過ぎた規制を生むかも知れない。例えば、手塚治虫の「ジャングル大帝」のように、物語よりも黒人の出てくるシーンだけを問題にして“Vカット”するとか、あるいはVチップ内蔵パソコンの登場でインターネットにまで規制がおよび、エロと暴力が一掃された社会が来るとか。
「まるでアメリカのサイバーパンクみたいな話だな」
「密輸ビデオのマフィアとかも出てきそうだよね」
「ぷっ」いきなり吹き出す柴田。
「なんだよ柴田。気色の悪い」
「いやあ、そういう日本って攻撃しやすそうだなーと思ってさ」
「はあ?」
「北のある国がね、強力な電波でエロ番組とか暴力番組を流して、“放送されたくなかったら食料をよこせ”って脅すの。日本海をはさんで反対側から」
どこの国だか分るのだが、答える気になれない。
「しかもその放送ってVチップが効かなくて、海の向こうから電波攻撃〜! これは有効だぞ。名付けて“V計画”」
「どっかで聞いたような話だな」
「しかも2チャンネルあって、エロ番組が“V1”、暴力番組が“V2”」
「おまえなあ」
「その国って北ちょう…」
「妙子さん、言うんじゃないっ!」
こうして朝の平和なひとときは過ぎ、3人は上司から「さっさと仕事しろ」という言葉のV2ロケットを浴びながら机に向かった。
 ところで私にしてみれば妙子さんがV1で、柴田がV2という気もするのだが、あえて言う気にはならなかった。自分の発言を“Vカット”することの多い今日この頃だ。

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アホ話その18(1998.04.17.)

 最近のNHKは妙というか、およそらしからぬ番組が多い。
 いつだったか、「乾電池の仕組みを調べよう」といういかにもな番組があったのだが、画面を見た瞬間、私のアゴは落ちて瞬時にブラジルまで達した。進行役のアナウンサーが全身乾電池の着ぐるみを身にまとい、例のNHKアクセントで話していたのだ。恐ろしい。次いで教育テレビに目を移せば「天才てれびくん」は言うにおよばず、「ストレッチマン」は珍妙の最右翼だ。胸にかがやく“S”の字もまぶしい全身黄色タイツ男が、毎回ストレッチをしながら敵の怪人を倒すという痛快特撮ヒーロー番組だ。痛快すぎて声も出ない。そしてBSの毎日夕方6時台はアニメばかりが放送されており、特に「パタリロ」の再放送を知ったときの衝撃は今も忘れられない。いったい今のNHKでは何がおこっているのか。

 昼食時、私と妙子さん(仮名)は会社地下の社員食堂へ下りてきた。空席を探していると、いつもなら数人の同僚と談笑している柴田(仮名)の周囲が珍しく空いている。二人で近づくと、彼は浮かない顔をしながらまずそうにカケソバをすすっていた。じっさいここのソバは安いのだが、まずい。
「どうした柴田、給料前でジリ貧か?」
「まあな」ずるずる、「でも」もぐもぐ、「おまえだって」ごっくん、「同じじゃないか」ずるずる。私の持つトレイを見た柴田が指摘した。
「ちょっと今月は出費が多くてな」
「俺も」するずる、「意外と」もぐもぐ、「出費が」ごっくん、「かさんで」ずるずる。
「柴田、喰うのか喋るのかどっちかにしてくれんか」
もぐもぐ、ごっくん「あ、すまん」
ソバをすする男二人の向かいでは、妙子さんが弁当を広げていた。親と同居しているというが毎日自分で作ってくるのだという。こうした点は感心する。
「ねー、二人とも少しは自分でお弁当を作るとか、彼女に作ってもらうとかしないの?」と彼女は言いつつ、私と柴田の目前で春巻を口にほおばった。
「そんな子がいるんなら紹介してほしいなあ。なんなら妙子さん、作ってくんない?」柴田が冗談まじりに答える。
「やーよ」
「あう」
妙子さんの正面に座る柴田の視線が、今度は手元のどんぶりへと向かう。黒いつゆをまさぐっていた箸で最後のソバ数本をすくい上げると、くちびるを突き出すようにして吸い込んだ。ずっ。
「ところで二人とも」もぐもぐ、ごっくん「NHKの受信料って払ってる?」。
「え? いや、払ってないけど」
「あたしも払ってな〜い」
「そうかあ…そうだよな、やっぱ」柴田は肩を落とした。
今月の彼の生活が困窮しているのは、無駄遣いの他に不景気で給料が上がらなかったことも影響しているようだ。どこから切り詰めようかと思案するなか、彼が友達連中に相談すると、そろってNHKの受信料がまず余計だと指摘されたという。普段の柴田を知るだけに払っているとは意外な感じがした。
「親父の知り合いが集金人やってる」
「げ、そりゃまた災難な」
「古い付き合いらしいからな、断るわけにもいかん」
柴田は実家を離れて一人暮らしをしているが、引っ越した翌日にはもう集金人が来たという。実家から情報が漏れたに違いない。私の場合も引っ越してから1週間ほどでやって来たが、インターホン越しに応対し帰ってもらったのは言うまでもない。玄関の“受信料シール”をチェックするのだろうが、しかしよく見つけだすものだ。
「学生のアルバイトを使って探すみたい」
「そうなの? 妙子さん」
「うん、友達がそのアルバイト、したことあるって言ってた」
「そんなことにバイトを雇うぐらいなら受信料下げろよな。まったく」柴田はだんだんと不機嫌になってくる。「しかもたまに見てみりゃ変な番組ばっかだぞ。このあいだなんか教育で黄色の全身タイツ男が踊ってやがった」
「なんだそれは…」
冒頭でも紹介したストレッチマンのことだ。
「でも面白いのだってあるよ〜。衛星放送でパタリロやってたし」
「パ、パタリロ?」
「うん」
「なに考えてんだNHKは」
「タマネギ部隊の集金人とか出てくるんじゃないだろうな」
かつてNHKは「報道のNHK」を標榜し、娯楽番組を徹底的に排除していた時期がある。それだけに今の番組の多彩さは一応喜ばしいこととは思うのだが、しかしなにか得体の知れない恐怖を感じてしまう。昨日まで鬼のように恐ろしかった母親が急に優しくなるのだが、実は後ろ手に包丁を握りしめていたとか、あるいはガスの元栓を開けていたとか、そんな雰囲気だ。
「最近のNHKはヘンだぞ。絶対何か企んでいやがる」ずーーーーー。そう言うと柴田はドンブリの汁を飲み干した。
「例えばだ。手話放送が実は暗号通信だったとしたら、どうする?」
「どうするもなにも」
「NHKの略だって本当は“日本秘密結社”かもしれない」
「そんなわきゃないだろ」
「で、奴らは集めた金で洗脳放送をしてるんだ。“受信料払うぞー受信料払うぞー”ってな」
こうなるともう、誰にも止められない。なおも彼の“NHK解説”は続く。
「気を付けたほうがいい。そのうち会長のことは“首領様”、おかあさんといっしょは“偉大なる視聴者の輝ける星・しゅりょうさまといっしょ”に変わってるかも知れないんだからな」
「あぶねーなー」声こそ大きくはなかったが、内容が内容だけに私は思わず周囲を見回してしまった。富士の裾野といい、神戸の事件といい、あるいは日本海の西側といい、こういう話題だとやたらに饒舌となる柴田はいつかポアされるに違いない。いや拉致か。
「じゃ、もし受信料を払わなかったらどうなるの?」妙子さんが合いの手を入れる。余計なことを…。
「子供がいたら子供番組に出演させる。いなかったら公開で火あぶりの刑」
「子供番組?」
「人質だよ、人質。“しゅりょうさまといっしょ”に出しておいて、番組が終わるまでに払わなかったら、子供がぬいぐるみに拉致される」
「おいおいおい」
「歌だって変わるぞ。 ♪どーなつてるのこのシマはっ(どーなっつ!) どれみハン どれみハン どれみ板門店っ!」
いきなり歌い出す柴田。私はあまりのヤバさに、妙子さんは意味が解らずにそれぞれ絶句した。
「あれ、どしたの?」
「えーとー…」なんとか話をつなごうとする妙子さん。しかし言葉にならない。
「あ、この場合の“シマ”っていうのは“半島”って書くから」
「そういう問題じゃない」
私と妙子さんもそれぞれ食事を終え、結局、会話に結末のつかないまま3人は席を立った。トレイとドンブリを返却する。事務室に戻る途上、柴田は突然思い出したように言った。
「あっ、しまった!」
「なに?」
「板門店って、今は“パンムンジョム”って呼ぶんだった」
「いいよもう」
 こうして柴田のNHK解説は終わりを告げたが、次の日、彼は仕事を休んでしまった。なんでも古くなったキムチを喰って腹をこわしたらしい。
 陰謀、の2文字が私の脳裏をよぎった。

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アホ話その1〜10 | アホ話その21〜


アホ話その19(1998.09.11.)

 最近はなにかと物騒な話が多い。例えば日本海を飛び越え太平洋に落ちた例のアレだ。日本にとっては確かに脅威なのだが、しかし一方で“パピプペポ”のような半濁音まじりの名称は人々を脱力させてしまう。いくら打上場所にちなんだ名前とはいえ、本気だろうかとつい疑ってしまいたくなる。いや、じっさい本気なのだろうが。
 いつもの昼休み。食後の休憩もかねて柴田(仮名)と妙子さん(仮名)、それに私の3人は滅多に訪れる人のない職場の屋上へと足を運んでみることにした。先日までの大雨がまるでうそのように晴れわたり、初秋を感じさせる涼し気な風がすでに吹きはじめている。3人はコンクリートの段差に腰を下ろすと、気持ちいいねと言ったまましばらく無言で風を感じていた。が。
「テポドンってさー、ポケモンみたいだよね」
平和なひとときが過ぎようとしていたその時、毎度のことだが柴田の発言は唐突だった。一拍の間をおいて私が答える。
「…ただの駄洒落じゃないか。しかも最後の“ン”しか合ってないし」
「え、そう? うちのお父さんも『また新しいのが増えたのか』って言ってたよ」
「げっ」
よくよく話を聞くと、妙子さんのお父さんは孫が来るたび一緒になってテレビを見ていたそうで、最近はポケモンの名前まで全部覚えようとしていたらしい。孫に気に入られるため必死になって暗唱していたところへ例の事件が報道され、新しいポケモンが増えたと勘違いしたのだそうだ。いくら還暦を過ぎてからの初孫とはいえ、そこまでするとなんだか哀れに思える。
「ほら見ろ」
「それは勘違いしただけじゃないか」
「そんなことはないぞ。だいたい考えてもみろ。最初はノドン、次はテポドン、進化してパワーアップするのはポケモンと一緒だ」
「…なにかちがうな」
「だから自衛隊が打ち落とせば『テポドン、ゲットだぜ!』って言うだろ?」
「言うかよ」
「そしてあとは最終形態への進化」
「最終形態?」
「核弾頭を搭載してピカドン」
「やばいやばい、それはやばいよ」
「核開発が無理なら化学弾頭でサリドンというのもあるな」
「そりゃ頭痛薬だろうが。頭痛といっしょに息の根まで止めてどうする」
さらに柴田の暴走は続き、日本の防衛問題までもが標的にされてしまった。
「こうやられっぱなしだと日本も専守防衛とか言ってないで、ミサイルできっちり反撃しないとダメだな」
「まだやられてないよ、全然。それにそんなミサイルなんか日本は持ってないって」
「種子島にあるだろう。どうせ人工衛星打ち上げたって失敗するんだから、ちょっと日本海へ向ければ、即、ミサイルになるぞ。そうだな、名前は九州にちなんで“オイドン”とか“サイゴードン”」
「ただの方言じゃねーか」
「で、互いに全滅すればハルマゲドン」
「小話にしてオチをつけるなっての」
なおも二人の間に言葉ミサイルの応酬が続く。戦争ではないことがせめてもの救いだが、誰もいない晴天の屋上で口角泡を飛ばし合う姿は実に間抜けだ。しかも妙子さんまで核にウランをもとい火に油を注ぐようなことを言い出す。
「でもほら、『実は人工衛星でした』とか言ってるじゃない? あれってなんなの?」
「うーん、自力で人工衛星を打ち上げるほど技術力があるとは思えんなあ。ニュースじゃイランの技術者も一緒にいたとか言ってるけど」
「いや、人工衛星の打ち上げといえばロケット団しかあるまい」
まだポケモンネタが続いていたのか。
 こうして物騒な昼休みは終わったのだが、事務室に戻ってからさらにダメ押しの一発が飛んできた。妙子さんの話に反応する柴田。
「このあいだね、富良野に行って“北の国から”のロケ地を見てきたよ」
「脚本、倉本聰。“北の国から98 攻撃”」
「どこの北の国だそれは。おまえはもうしゃべるな」
会話もついに最終形態へと進化していた。

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アホ話その1〜10 | アホ話その21〜


アホ話その20(1998.11.08.)

 物騒な事件が頻々と起きる昨今、ワイドショーの繰り返し報道に飽きてしまった人々は、次の行動へ移ることに何の躊躇もなかった。特に上九一色村のサティアンツアーに始まるこの民族大移動は、その後の神戸、和歌山園部地区でも数多く見られ、週末ともなると大事件の舞台を一目見ようという家族連れをはじめ観光客で地元は混乱した。いや、今も混乱している。
 さて、こうした状況をテレビで見て憤りつつクッキーを頬張る若者が約一名、事件現場から数千キロ離れた北海道の片田舎にいた。
「なんだよ、これは」と、あきれたように話すのは柴田(仮名)。
今日は上司が出張でいないのをいいことに、事務室のテレビをつけながら彼は3時のおやつを食べていた。もちろん、私と妙子さん(仮名)も例外ではない。
「ああ、園部に観光客がたくさん来るんだってな」と応じたのは私だが、すでに園部と略して呼ぶ始末。
「週末になるとたくさん来るんだって」
「妙子さんも詳しいねえ」
現場からはワイドショーのリポーターが観光客の訪れる様子を熱心に伝えていたが、沢山来るわりには地元にメリットが無く、むしろゴミを散らかしたり違法駐車の列が出来上がって迷惑だからやめましょう、といった内容だった。スタジオの評論家とおぼしき人物や司会者も怒っているが、よくしゃあしゃあとそんなことが言えたものだ。もともと煽ったのは自分達だろうが。私が内心そんなことを考えながら見ていると、柴田もふと感想を漏らした。
「しかしそんなに観光客が来るってんなら、いっそツアーとか組んだ方がいいんじゃないのか」
「それもかなりモラルが低いな」
「そうか? 規制もなしに無分別になだれ込む方がよっぽどモラルが低いと思うぞ」
「いや、それは…」
「バスに乗ったまま移動すれば、迷惑駐車は無くなるし、ゴミをそこらへんに撒き散らすことも無いし、地元にとってもメリットは大きいな。地元の観光バスを使えば観光収入も増えるだろう?」
一見、柴田の言が正論のように聞こえてしまうから恐ろしい。だがよく考えれば、そういうツアーを企画して現地に乗り込むこと自体がすでに問題である。
「どうせ園部に行く連中はただの野次馬なんだ。交通整理をして現地案内でもしてやりゃあ2度も来ないだろ」
「ねーねー、それなら案内してくれる人もいるの?」というのは妙子さん。モラルとかいう話をすっ飛ばしていきなりこれだ。
「そうだな、やはりバスガイドさんに頼むしかないな」
そういうと、柴田は即興でバスガイドの真似を始めた。
「右手をご覧下さい。あちらに見えますのが、林容疑者夫妻の自宅でございます。ここからさらに進みまして、はい、左手に見えてまいりましたのが、カレー事件の舞台となりましたお祭り会場の空地でございます」
毎度思うが、柴田にはまるで役に立たない天性の素質があると思う。
「1998年の…えーと、何月だっけ、あの事件があったのは」
「忘れたよそんなの」
「7月25日じゃない?」
「なんでそんな細かいこと覚えてるかな、きみは」私は眉間にシワを寄せて妙子さんを見た。
「1998年7月25日の夕方、この空地で悲劇は起きたのでございます。多数の死傷者を出したこの事件は、のちに“園部ハヤシライス事件”と呼ばれ、後々まで永く語り継がれるようになったのでございます」
「遺跡の案内じゃないだろ」
「では地元に古くから伝わる歌がございますので、一曲ご披露させて頂きます」
「歌?」
「♪わーたーしーはーやってないー、けーっぱ…」
「容疑者が違うっ」
私の突っ込む声が多少響いた。
「そんなツアーを企画する会社なんかあるか」
「いやいや、今の世のなか景気も悪いんだし、少しでも儲かることをしないと。このさいモラルもクソもあるか」
「さっきと言ってることが全然違うじゃねーか。それにそんな事件現場を見るだけのツアーのどこが面白いんだよ」
「いかん、いかんなあ、そこが企画力の問題だぞ」と、柴田は妙な笑いを浮かべながら答えた。
「いま東京ディズニーランドはオープン15周年で、JALが特別旅行企画をやってるって話は知ってるよな?」
「あ、それなんだっけ。うーんと、ファンタジーなんとかって言わなかったっけ?」
「妙子さん、それ惜しい。正解は“マジカルファンタジーツアー”」
「よく知ってるねそんなの」
「ちょっと行きたいかなーって思って」
「で、園部の場合だ」柴田は一呼吸おくと笑いをこらえながらさらに続けた。自分で思いついた話がよほどおかしいらしい。
「アジ化ルミステリーツアー3泊4日のサバイバルっ!」
「あじかる?」妙子さんが首をかしげる。
「アジ化ナトリウムだよ。でもカレー事件はヒ素だろ、ヒ素」私は半ば投げやりに解説した。
「亜ヒ酸じゃなかったっけ?」
「………」
だからなぜそういう細かいことに詳しいんだ、妙子さんは。今さら言い返す気にもなれない。
「おまえの言うように事件現場をただ見るだけじゃつまらんから、オプションでツアーを盛り上げる」
「オプションねえ。それで?」
「旅館の食事とか移動中の弁当や飲み物に、次々とオプションが混入されるっ」
「いらんわ! だいたい誰が何を混入するんだよっ」
「ま、“盛り上げる”というより“盛り込む”って感じかな。もし最後まで無事だったら、賞品にレトルトカレー1年分を進呈」
「だからいらないって」
「保険はどうなるの〜?」
「そりゃ妙子さん、旅行保険はともかく高額の生命保険はダメってことにしないと」
さっきまでモラルがどうのと言ってた奴とはとても思えない。
「柴田くん、なんだか嬉しそうにしゃべってるよね」
「結局、柴田も見に行きたいだけなんだろ?」
「…うん」
「肯定すんなよ」
テレビでは相変わらず園部の某風景にモザイクが入りまくっていた。


(注)この物語はフィクションです。実在の人物、団体等とは一切関係ありません。断じて、ありません。

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