15.「独学」をしようとする受験生たちへ
 受験生の中には、さまざまな理由で、授業を受けずに自学自習で数学を学ぶことになった人が少なくない。しかし、授業を受けずに独学で勉強をするというのはたくさんの参考書や問題集がある現在にあっても、そんなに簡単なことではない。
 特に、インターネット上をにぎわす再受験生と呼ばれる人たちが成功の報告をしてくれることが多くなってきているが、私が思うに、この再受験生はもともとの能力が非常に高く、現在の落ちぶれた指導要録の中では相対的に力を発揮できているということも大きな追い風の要因になっていることは見逃せない。
 あるいは、こういうケースも考えられる。あまりにも指導者の力に信用が置けず(指導力がない)、自分で勉強をせざるを得なくなったということもあるだろう。また、進路を考える際に、文系を選択していたのだが、どうしても理系に進みたくなったというケースである。個人的には、文理の選択の際には、そこも踏まえて理系を中心として選択肢を持っておくべきであると考えるが、当時は深く考えずに選択してしまったということもあるのが現実問題としてはある。これらは、現役の受験生にも考えられることである。

 しかし、そういう人たちに対してもあえて言わせてもらえば、基本的な概念を学ぶのには授業が最善であるのは明らかである。「基本的な概念」とは、どういうプロセスを経て公式ができたのかと考えてもらえればよいのかもしれない。数学の世界観は、基本的な概念から発展的に多くのものが生まれ、そのことからさらに発見できることが増えていく。そのことを経て数学的な考え方が広がりをもっていくものである。そこを抜きにして数学の根底を理解するというのはどうしても限界がある。その広がりを自学自習でどうにかしていくということに困難が伴う。
 最近の受験勉強の流れの中には、「パターンを暗記する」という発想がどうしても多い。「参考書の例題を覚えた」「難しい問題を覚えた・・・」しかし、数学の本質を学んでいかなければ、それだけでは明らかに不足するのだ。この問題がもつ本質を明らかにしようとする姿勢が必要となる。そうでなくても、一般的な大学に合格することはできるが、難関校となるとそうはいかない。

 しかし、最近の参考書の中では、そのような事柄に積極的に挑戦していこうとするものが増えた。当然のことではあるが、そういう参考書は、どうしても授業で説明する事柄を文章として起こすわけだから、分量が増える。その増えた分量を買うわけだから、当然多くの参考書が必要となり、お金がかかる。これは覚悟しなければならない。
 最近では、分野別の講義調参考書のシリーズ本が格段に増え、さらに「最初からまったく理解できない」「完全独学」をしようとする受験生に対して一から説明しようという参考書が出てきた。そういった講義調の参考書か、あるいは、受験生のために作った比較的高度な数学的な試行まで養おうとする「受験教科書」の類、「本質の研究」「大学への数学」の類など、授業クラスの概念では物足りない受験生に、より本質に迫ろうとするものも増えてきている。
 前者は、まったく受験勉強してこなかった受験生にお勧め。後者は、ある程度概念が固まった受験生がさらに深い数学的な理解を得ようとする場合にお勧めである。受験生の二極化が進む。後者を選ぶ場合には、上を目指すことになるわけだが、ぜひとも、単に例題が解けるようになるというレベルを超えて、数学的な広がりが得られるレベルにまで高めてほしいと思う。
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