夏待ち

 北海道に梅雨はない、しかし最早春ではない、なのに夏というには朝晩いささか肌寒い。そんな曖昧な季節……札幌の六月上旬のこと。
 ひとならぬもの、妖怪達のネットワークでもある北の繁華街ススキノのBarタリウスには、いつものスタッフと準常連がいたりした。
「お祭りだねっ」
 ようやく花見気分から脱したと思われていたお気楽お花見桜、暁嶋桜里が高らかかつ朗らかかつ晴れやかに宣言する。
「あーそうやなぁ」
 対するタリウス会計役にして桜里の長年の友人である真棹秤子の返答は、あからさまに適当だ。桜里は着物地を使った派手な柄のハッピの胸の前でぎゅぅっと握り拳をつくり、ぐっと顔をあげる。
「街が熱く燃えてるよねっ!」
「あーそやなあ。あついあつい」
「しょーこぉー、なんでそんなにやる気ないのー?」
 抑揚も何もあったもんじゃない秤子の口調に、桜里が頬を膨らませながら両手に持った鳴子を鳴らして抗議する。もっとも周囲の人間 ── ほぼ人間ではない者達だが ── にしてみれば、適当であってもいちいち言葉を返す秤子に、律儀だという評価をくださずにはいられない。どんな季節であれ祭を見つけて騒ぐのは桜里の特技、というか性分だ。
 他のスタッフ、ウエイトレスほか修行中の久世水見は、秤子直伝の料理メモから視線を1ミリも動かさず、マスターであるエリシュといえば、いつも通りににこにこと本心の読めない微笑みを浮かべているだけ。
 ただ、すっかりタリウスのマスコットとして定着した感のある体長30センチメートル程のモアイ ── 父魂のつぶらな瞳が、うちに炎を宿してきらきらしている、ようである。
「まあまあ秤子さん。このおかげで観光客もたくさん来てるじゃないですか」
 そんな中、桜里のフォローに回った『人間』は、声に楽し気な調子を込めて爽やかに笑う。観光客がいくら来ようが『タリウス』に客が入らなければどうにもならない。秤子は呆れ混じりの視線を投げて、頬杖をついた。
「同じ穴のムジナが言うな」
 年中お祭り娘と同格扱いされてしまった自称一般人大学生都築理隆は、「それはひどいです」と言いかけて苦笑に留める。その思考の流れに気がついたのか、カウンターの中のエリシュがくすりと笑った。桜里に首を傾げられ、褐色膚のマスターは何でもないですと従容と返す。
「確かに今回はおーりちゃんと一緒ですね、都築くん」
 柔らかく笑って告げた先の理隆も桜里と同様、『祭』の衣装である変型ハッピに身を包んでいた。動きが激しいからと、いつものふち無し眼鏡を外し、コンタクトを入れる念と気合いの入れようである。
「男手が足りないからって頼まれたんです」
「ハナから断るつもりがないんやったら同罪や」
 苦笑を浮かべたまま答えた理隆に、にべもなく秤子が答える。余りな言い様に桜里が両手を腰に当てて、スツールに行儀悪く足を組んで座っている秤子を睨みつけた。ただし迫力は全くない。
「罪って何っ? しょーこヒドいっ。お祭りを楽しむのはひととしての勤めでしょー!」
 桜里らしい言い分に切り返そうと顔をあげた秤子は、今まで困った顔で会話に口を挟まずただ聞いていた青年の表情の変化に気がついた。育ちの良さような柔和な顔だちの彼の、抗議のまなざしに言葉に詰まる。
「秤子さん、たくさんの人が一年間愉しみにして、そのために努力してきたんですが?」
「……わかった、ウチが悪かった」
 心底誠実な性格の持ち主、館林杏介の静かに諭す口調に、秤子が押し黙り、そして白旗をあげたその時。
「踊らにゃ損損。ですよねぇ」
 ほにゃっと言ってのけたエリシュのまとめの言葉に、桜里と理隆が顔を見合わせて笑い、杏介が苦笑し、秤子が睨み付けた先ではエリシュが「どうしました?」とあからさまに顔に書いて小首を傾げる。水見は我関せずにメモをめくっていた。
(なんつーか、一番の阿呆はウチかいな)
 と、秤子が妙に四面楚歌な気分に陥ったのも、まあ仕方のないことかも知れない。

 「YOSAKOIソーラン祭り」は、高知県の「よさこい祭り」と北海道に古くから歌い継がれてきた民謡・ソーラン節が融合して生まれた、新しい祭り文化である。
 祭りのルールはただ2つ。手に鳴子を持つことと、曲のどこかにソーラン節を取り入れること。
 参加するチームそれぞれが、衣装や音楽・振り付けを自由に発想し自由に踊る……それが「YOSAKOIソーラン祭り」のスタイルであり、見るものを飽きさせないエンターテイメント性が育まれてきた要因である。
 この祭りの誕生のきっかけは、北海道大学の学生が目にした高知の「よさこい祭り」。 街中に響き渡る「よさこい節」と「鳴子」のリズム、生き生きと踊る同年代の若者たち…「こんな祭りが北海道にあったら…!」その夢を実現しようと学生たちが社会に 挑戦し、第1回を観客20万人、踊り子1,000人10チームにより開催して以降、年を追うごとに規模が拡大。そして今年、2000年6月7日から11日にかけて行われる第9回目の祭りでは参加総数375チーム、参加者数約38,000人、観客数も200万人になると想定され、「さっぽろ雪まつり」と並ぶ一大イベントまでに成長したのだ。
 札幌市内、北海道内はもちろん今年は24都府県からの参加があり、全国的な祭りになりつつあると共に、今や荒れた高校が「YOSAKOIソーラン祭り」に参加することで治まったという実例もドラマ化され、教育教材としてまでも期待されて、普及しつつあるのである。

「にしても、オノレよー練習する暇作ったもんやなあ」
 どことなく呆れも含んだ声で、秤子は「YOSAKOIソーラン祭り」創始者達の直系の後輩にあたる理隆に問いかける。1日から4日まで行われていた北大祭に、異常な量のサークル会員名簿に名前を連ねている理隆が駆けずり回っていたのは周知の事実であり、また理隆には確実に時間を取られるバイトがある。
「まあなんとか。振り付けは早いうちに完成してたしそれに、若いですしね」
 細身ではあるが『ほそっこく』はない身体を、襟が高くわきにスリットがはいった、膝丈で光沢のある黒いサテン地に、金色の糸でチーム名の刺繍が入った袖無しハッピ──もはやハッピとは呼べない──に包んだ理隆がなんでもないことのようにさらりと言い放つ。下手をすると薄地の特攻服、理隆の人徳かなんなのかガラが悪くは見えない。どこまでも爽やかな印象である。
 「最後の一言はなんやねん」とつっこむ前に、桜里がもう一人の現役北大生に声をかけた。秤子より長い年月を生きてきたエリシュも桜里も、今の発言にコメントする気はないらしい。
「杏ちゃんは踊らないのっ?」
 親の代からの付き合いのためか、二十代半ばの成年男子を『ちゃん』呼ばわりする桜里だが、呼ばれた杏介は苦笑するのみである。
「駄目です。僕は不器用だし」
「そんなの関係なぁーしっ」
 軽く首を振って答えた杏介に桜里が鳴子を突き付けてにじり寄る。
「YOSAKOIはハートで踊るのよっ」
 本気で困り顔の杏介の窮状を救うためか単に気になったのか、エリシュはどうしたものかと眺めるだけの、後輩甲斐のない理隆に声をかけた。
「そういえば都築くんは、鳴子、持っていないんですか?」
「あ。俺、」
 言いかけて視線を杏介に向ける。
「あ、ああっと、都築君は旗持ちなんですよ」
「ええー花形っ。都築君凄いっ!」
「男手が足りないだけですってば」
 くるっと振り向いた桜里に理隆が笑って答える。杏介とエリシュの間では「どうも」「いえいえ」とアイコンタクトがかわされていた。
「つーか。やっぱりオノレの練習時間謎やなぁ」
 行儀悪く組んだ膝の上で頬杖をついて、秤子がぼそりと呟いた。
「時間って見つけようと思えばあるんです、ただ」
 ……ただ?
「この間ですね、時間が空いてたんでマイクスタンドで練習してたらローディーさんに見つかっちゃって。言い訳するの大変でした」
「おーい」
 爽やかに語る理隆に、秤子が突っ込む。桜里もむうと低く唸った。一方、カウンターを挟んでは「ローディーってなんですか? マスター」「ライブの時に楽器の調整をしたりするステージの裏方さんのことですよ、くみちゃん」というのんびりした会話が繰り広げられている。
「スーツでYOSAKOIは流石に奇妙だよね……」
「普段が普段、やしなあ」
 腕を組んで考える桜里と、眉を寄せる秤子。理隆は軽く両腕を開くと掌を天井に向ける。
「冗談なんですが」
 すぱんっと狙い過たずメニュー表が理隆の額に振り下ろされた。
「っつーたー。叩くこと無いでしょうー」
「妙にリアルで変に深刻な冗談は止めい」
「そんなに変にありえて深刻ですかー? それにそもそもそんなヘマする訳ないでしょうが。練習するときはしっかり『人払い』かけてもらって……」
 ばこんっと狙い過たず理隆の額にヒットしたものは、今度は秤子愛用のクリップボード。流石に理隆が額を抑えてしゃがみ込む。
「無駄遣い却下」
「それで叩くのはやりすぎですよ」
 心優しい先輩がフォローに入り、理隆は視点の高さの逆転した相手に上目づかいで懇願の眼差しを送る。
「冗談だったんですけど」
「冗談も大概にせい」
 どっちの冗談もどうも冗談にならない。理隆の口調の所為かもしれないし、妙に具体的なためかもしれないが。
 秤子は憮然と息を吐いて足元の、しゃがみ込んだままの人物の瞳を真直ぐ睨み付ける。
「なんか随分とアマいんやないの?」
「冗談だと言っているのですが?」
 理隆の唇が先ほどとは質感の違う苦笑を刻んで、淡々と言葉を紡ぐ。楽し気に細められた眼を見つめたまま、秤子は「どーだか」と肩を竦めた。
 どうも都築理隆は周囲の曲者のアクの強い所だけを吸収していっているような気がしてならない秤子である。出会ったときのピリピリした状態に戻れとは言わないが、成長するにしてもなにかもっと真っ当な道があるだろう。
 すっかり真っ当な人間だと思われていない理隆はぱちりとひとつ瞬きをすると、再び額を抑えて低く唸った。顔立で比べれば童顔な杏介よりもよほど大人びて見えるのに、どこか少年臭さが抜けきらない。
 「なんかなあ」と呟いて、秤子はスツールに座り直す。話しこんでいるうちにタリウスの窓の外には宵闇が迫りつつあった。
「そろそろ時間ですか?」
 エリシュの問いかけにこくりと頷いて、桜里がしゃがみ込んだままの理隆の頭をてしてし叩く。二人のチームは違うが登場順番はかなり近い。
「すまんなー。眼鏡ないから叩き易かったんや」
 ようやく立ち上がった理隆にてんで謝っちゃいない言葉がかけられる。もはや「いーです俺が悪いんです」と呟くほか無い。
 桜里はそのやり取りを笑って見て取り、「じゃ、行くねっ」と扉に向かう。その背中を、あ、やらちょっと、やら異口同音に呼び止める声。振り向いて首を傾げる桜里に、一同の気持ちをエリシュが代弁する。
「あ〜、おーりちゃん。上になにか羽織っていきません?」
「なんで?」
 きょとんとした表情の桜里に、水見を除く一同が内心でツッコミを入れる。
 お気楽極楽ですっとこどっこいだが超美人である暁嶋桜里、和装モデルとして着物を着ている時には目立たないが、小柄なわりに『だいなまいとばでぃ』である。ハッピの袖から伸びる腕や、ショートスパッツの脚は不健康ではなく柔らかく白い。しかも今日はチームの化粧はまとめてするし、との理由で薄化粧すらしていない。したがって、くるくると変わる表情も相まって、いつもより幼さが強くみえる。
 そんな顔と、身体と、胸を強調したデザインのハッピの組み合わせは、幼妻という言葉の響きにも似た犯罪臭さをかもし出している。なんというか非常に治安に悪そうだ。
 そんな思いが一同の脳裏を駆け巡るなか、付き合いの長さか秤子が2秒で切り返す。
「寒いやろうが」
「そんなことないよー?」
 ちなみに現在の札幌の気温は、普通の人間ならまず肌寒い。今、奴の体内ではアドレナリンが大量分泌されてるんやな、と秤子が天井を仰いだ。
「ええと桜里さん、踊る時ならともかく街に出るにはその格好はちょっと刺激的だと思うんですけど……」
「えー? 隠したりしたらよけーにやらしいじゃない」
 正攻法で挑んだ杏介があっさりと破れる。桜里の言い分ももっともだ。だがしかし。
 顔を見合わせたエリシュと秤子をよそに、理隆がぽんと手を打ち、自分のハッピと言えないハッピを脱いで桜里の肩にかける。見上げた桜里に「踊る時には返して下さいね」と笑いかけた。確かに理隆で膝丈の上着だと、桜里の踝まですっぽり身体を覆うことになる。
「で、アンタはどうすんねん。若人」
 秤子がさり気なく数十分前の意趣返しを謀りながら問い掛ける。細身のズボンの下半身はいいが、上半身は胴にサラシを巻いているだけだ。
「いや俺だって風邪ひきたくないし、そんな見せてまわるほど身体に自信がある訳じゃないですよ?」
 軽く言ってバックからTシャツを取り出し着込む。しかも「YOSAKOIソーラン祭り」のオフィシャルTシャツだったりする。秤子は、はあ、と息をついた。負けである。
「にしたってアンタ桜里に甘過ぎ」
「姉貴の教えが染み付いてるので」
 二人の会話を聞きながら、理隆のハッピに腕を通していた桜里がぽむ、と手をうつ。
「なんかなーと思ったらそうか、都築君、敏君に似てるんだ」
「敏介くんですか? 分からないでもないですけど」
 杏介を見やって、エリシュが小首を傾げた。秤子が「嫌やなー」と毒づく。それでは関った『人間』が『こういう』性格になる環境要因が『タリウス』にあることになりそうだ。
「嫌ってことないでしょう? あんな風に上手に歳がとれて、あげく杏介さんみたいな出来た息子がいたら最高じゃないですか」
「都築君、それは褒め過ぎだよ」
 館林総合医院院長、館林敏介のひとり息子はわずかに照れながら、父親の弁護にコメントを返す。多分褒め過ぎがかかるのは、『出来た息子』という自分の評価に関してだろう。エリシュがしみじみと呟いた。
「そういえば敏介くんもお祭好きでしたね」
「訂正、現在形や」
「確かにそうですね。来年を目指してチームを組もうかって話してるんです。余興になるし、リバビリにも応用がきくだろうからって……」
 微苦笑で元常連である父親の現状を伝える杏介を見ながら、秤子はあの父親のもとでこの息子が育ったことを改めて不思議に思う。
「そうなん?」
「はい、若いんだからお前も参加しろって」
「そうなんだっ♪」
 割り込むどうしようもなく明るい声。杏介は自分が墓穴を掘り返したことを悟った。
「えっと確かー、今日も飛び入り可のがあるはずでっ。さあーって行きましょ。時間時間」
「ちょっと桜里さんーっ」
 ずりずり引き摺られていく杏介。桜里は両手に男子大学生状態で、扉に消える前に振り向いた。
「よかったら見に来てねっ」
 掛け値無く極上の笑顔を見せた桜里に、とりあえずエリシュと秤子は杏介の冥福を祈った。

 宵闇が深くなる。わずかに開けられた窓から流れ込む風に、ウインドチャイムが音を出さずに揺れる。風にのって低く太鼓の音、人々の掛け声。
「父魂くんも見に行きますか?」
 タリウスを訪れる客足が一段落し、グラスを拭き終わったエリシュはカウンターを出ながら、話を聞いていた時からずっと眼をきらきらさせていた父魂に声をかける。
「いいもあっすかっ?」
 どきどきしながら聞く父魂に「もちろんです」とにっこり笑って返して、秤子に「どうします?」と問い掛ける。現在厨房にいる水見とはすでに話がついていた。興味なさそうな水見を「これも勉強ですよ」と説き伏せたのだ。
「んー、ウチはいい。店、空にする訳にもいかんやろ」
「今日ぐらい閉めてもいいんじゃありません? おーりちゃんと都築くんの晴舞台、ですし」
「別に見たからってどーなるもんでもないしなあ。それよりどうやって連れてくの? 父魂」
 身もフタもないことを言って、秤子は話題を切り替える。不安な顔になる父魂をよそに、エリシュは「実は用意してあるんですよ〜」と楽し気にバックを取り出した。
 プールバックになりそう、というよりまんまプールバックな無色透明のビニル製バック。
「それに父魂いれて連れてくん?」
 何当たり前のこと聞いてるンや自分。と、言ってしまってから秤子が後悔する。エリシュは短く、ええ、とほにゃっと笑って答えた。
 プールバックにモアイをいれた(しかも時々それに話し掛ける)年齢不詳の褐色肌美人。
 想像して頭痛になりかけたが、何も言う気も起こらず「あ、そ」とだけ返した。常識人には住み難い世の中や、とぼんやり思う秤子である。
 エリシュは厨房の水見を呼ぶとわくわくオーラ発散中の父魂の居場所を宣言通りプールバックに確保して、バックを抱える。なんとはなしに様子を見ていた秤子と眼があって、静かに微笑んだ。
「ほんとおにいいんですか? 行かなくて」
 答える秤子の表情は、どことなく優しい苦笑。
「だから、どーなるもんでもないって」
 晴舞台をわざわざ見に行かなければならない程、低い評価を与えている訳ではない。特に桜里とは長い付き合いである、ただのお気楽桜ではなく武芸百般ならぬ舞芸百般の主であることはとっくに分かっているのだ。
 集団でとはいえ、今のところ全く桜里のことを評価していない水見が、桜里の踊りに何を思うかは興味がある。逆にいえば、秤子はもう分かってしまっているから見る必要がない。
「おーりちゃん喜びますよ、見に行ったら」
「いい。ウチまで奴のこと甘やかしてどーすんねん」
 妙なところでどこまでもひねくれている、四半世紀をともに過した同居人にエリシュが苦笑を浮かべる。それを見やって秤子がにやり、と笑った。
「今日行かないかわりにファイナル行くから。そん時店番な、マスター」
「あ、それはちょっと。わたしも見に行きたいんですけどー」
 むーと困るエリシュに秤子が笑う。
「じゃ、二人のチームがファイナルに進出したらみんなで応援に行こうな。見に行きたかったらしっかり応援してこい」
「そおですね」
 水見の呼ぶ声にエリシュが答える。「それじゃあいってきます」とエリシュと父魂がドアの向こうに隠れた。
 かろん、とカウベルの音。店内に流れ込む風が運んでくる祭囃子。眼を閉じて耳を澄ませながら、どうなるやろうなぁ、と思う。
 ── 期待していない、といったら嘘になる。
 たまには店を休んでみんなで騒ぐのもいいだろう。休むのが嫌だったら状況を完全にチェックした上で、ツケのたまっている常連に留守番を任せるのも悪くない。
 考えて秤子は、前髪を揺らす熱気を含んだ風に小さく笑った。


 ── 札幌の夏は、ここから始まる。


......Fade out.



*あとがきのようなもの*