知り過ぎた死者

Ignorance is bliss.
【OPENING<1999.Dec.>】
 札幌はすすきのにあるバー、タリウスがリニューアルオープンして四ヵ月が経った。常連以外にも見知らぬ客が出入りして、そこそこにぎわいをみせている。めでたいことだが相変らず儲かってるかどうかは分からんな、などと常連にしてツケの常習犯であるフリージャーナリスト ── 透野 隠(トウノカクレ)は思う。
 カウンターテーブルの奥端、定位置になっている空気清浄器の横の席でチェーンスモーキングを敢行しつつ、締切の迫った原稿の校正の為にノートパソコンのキーボード叩く隠が見たところ、リニューアルしたタリウスは驚くほど変わっていない。
 確かにカウンターの他には2つしかテーブルがなかった今までに比べて、店内は格段に広くなり、内装も明るめになった。
 マスターのエリシュと会計役兼厨房担当の真棹秤子(マサオショウコ)の他に、ヴァンパイア騒動 ──『騒動』というレベルの問題ではなかったのだが、『タリウス』の事件は最終的にこの言葉でまとめられる傾向にある ── の関係で引き取った久世水見(クゼミナミ)がウエイトレスとして店に出るようになり、気が付けば妙に熱いモアイが秤子の指示でくるくると働いている。
 何がと聞かれると答えに困るが、それでもタリウスはやはりタリウスのままだ。
 実は新し物好きなのではないかと思われるマスターが、秤子に頭を抱えさせながらもどこぞから入手してきた、超薄型壁掛け液晶モニターのテレビには珍しく歌番組が映し出されている。
 両手で包み込むようにマイクを握り、整った横顔をカメラに晒して歌っているのは、この夏インディーズからメジャーデビューしたヴィジュアル系バンドの新星LUCIE LARC'ENのボーカル、hato。
 別の言い方をするならば、現在一時代を築いている某コンシューマゲームの影響を多分に受けて生まれた、『光龍(バハムート)』の長谷川龍(ハセガワトオル)だ。
 hato ── 長谷川龍だけではない、タリウスを訪れる客のほとんどは人間の種々の『想い』から生まれたひとならぬもの、すなわち『妖怪』である。
 タリウスは、だいたいの場合において何も持たずに生まれてくる妖怪達が互いに助け合い、又妖怪の危害に苦しむ人間を協力して救う為のネットワークでもある。
 hatoは、隠が今まで関わった事件の中でも最上級クラスに位置付けられる後味の悪い事件を経てタリウスに加わった。
 ある意味失われたと言える敬愛すべき女性の、残された願いを叶えるためにhatoはあのステージまで駆け昇り、そしてその先を目指す。
 それに比べてどうなんやろうなぁ、自分は。と、ふと柄にないことを考えたのは、いつもと空間を満たす音楽が異なっていた所為か。それともこの街を支配し、店内にまで侵入してくる十二月の空気の仕業か。
 バーにしては大きめにとられた窓の向こう側、光溢れる夜の街は千年期最後の聖夜の準備に忙しい。多分この街だけではなく世界中が、クリスマスのメロディーに酔っている。
 薄っぺらいモニターの中、身体全体でリズムをとるhatoをノートパソコンのディスプレイと吐き出した紫煙越しに見やり、隠は自分が始めてタリウスを訪れた時のことをぼんやりと思い出す。
 それは12年前、テーブルに落とした視線の先に転がる今や掌におさまる携帯電話が、ヘタな鉄アレイより重かった時代のことだ。


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