1.公共課題の多様性と公的セクターの相対化

 アメリカは言うまでもなく多人種の国だが、「アメリカではいつでもどこでも英語が通じる」ということ自体が幻想となっている。
ロサンゼルスは80以上の異なる言語の人たちが住んでいるという。
その多人種の問題に密接な関係で貧困、環境汚染、家庭内暴力、障害者・高齢者問題などの問題が相互に絡み合っており、
それが教育・福祉・生活地域経済など社会的な課題を多様で複雑なものにしている。
 例えば、アメリカは電力会社が複数で競争しており、電気料金が頻繁に変る。消費者はその情報を常に把握しなければ不利益を被
ることになるが、英語で情報提供してしても大部分の人に伝わらない状況では画一的な行政情報では対応できない。
こうした状況の中で、これらの課題に対し行政だけで対応することは物理的・財政的に、サービスの質の面でも限界があり、困難に
なっているという現実がある。
もちろん行政としてはこの問題を無視できないのであるが、むしろ、市民団体によるサービスがきめ細かく質が高いことがある場合
があり、行政サービスだけで行うということをしていない。
 ロサンゼルス市はネットワークを持っているNPO、例えば日系人への豊富な情報網を持っているリトル東京サービスセンター(LTSC)
に資金を助成して日本語による消費者情報の提供を行っている。

 環境保護庁(EPA)サンフランシスコ地方局はサンフランシスコ湾内の有毒物質汚染の除去プログラムを実施しているが、一方で、
湾内で魚を捕り食べて生活している人たちがおり、その人たちが何人種でどんな生活をしているかはEPAよりも湾内の水質環境問題に
取り組んでいる環境団体のほうが良く把握しており、EPAもそのことを認識している。
そこで警告や啓発の情報提供に関しては、NPOが行い、EPAはその活動に助成をするという方法を取っている。
 アメリカ社会では公共の実施主体という意味において、政府セクターの役割が相対的に少なくなってきており、市民団体が公共の
役割を担うという状況が確実に進んでいる。
 これは一方で行政における財政支出の削減などが背景にあるのは事実であるが、社会の中で市民の力・役割が確実に大きくなって
きているという状況を示しているといえる。
 はたして、このことをアメリカ社会の特殊な状況として片づけて良いのだろうか。
 公共課題の多様性と行政の相対化という状況は、今後、日本・北海道において公共課題をどう解決していくのかということを考え
ていく場合、その方向を示す重要なポイントの一つであると考えられる。
  そもそも社会では、健常者、障害者、子どもや高齢者・・・様々な人たちが一つの地域に暮らしているのであり、今後ますます多
様で複雑になっていくだろう。
  しかも、日本でも確実に多民族化が進む。
  日本文化コミュニティセンターのダイアン女史が日本における外国人への対応の遅れについて「山形に暮らしている農村花嫁のフィリピ
ン女性は自らで組織を作って家庭内暴力や偏見の問題を解決しようとしている。日本の行政は彼女らのことを考えたことがありますか。」
と話していた。
  また、北カルフォルニア・グラントメーカーズのアラン氏は阪神大震災の時に在日外国人被災者への救援活動が不十分であったこと
を指摘し、自分たちは在日外国人被災者への救援活動を行うNPOに財政支援することをまず第一に優先したと説明してくれた。
行政は日本人へのサービスを行っていればいいという考えは大きな曲がり角に来ている。
  公共サービスに一層の多様性が求められていく時代に、こうした課題をすべて行政だけで対応することができるのだろうか、
また、すべきなのか、大きな問題である。
  そして、できないのであれば行政は一体何をしなければならないのか。
アメリカ社会に進行している事態は私たちにこの事を教えてくれているのではないだろうか。

2.市民主権と行政の姿勢

 今回訪問して、行政機関と市民団体とが対等・互恵のパートナー関係にあるという印象を強く持った。
 サンフランシスコ図書館友の会の場合、図書館内に友の会のオフィスがあり、施設内で市のボランティアとは別に独自のボランティア
活動を行っている。
  市は、貸し出しや図書情報の検索などの図書館の基本業務を、友の会は病院などの患者で自力で本が読めない人への図書の読み聞かせ
など、市民の創意でできる様々なサービスを担っている。
 同時に、友の会はバザー・古本市などを開催して資金を集め、図書館への最大の寄付者になっている。
市は友の会と図書館運営を共同で行っているが、日本のように行政が民間から公への寄付を面倒がることや、公的機関内で民間人が
一緒に活動することを敬遠するといったことは全く無いばかりか、相互に協力し合って運営を行っている。
 EPAの場合は、事業内容や関係の情報を一般市民に公開するだけでなく、行政や企業に対する様々な市民活動へ支援を行っている。
行政や企業への市民コントロールをシステム化することより行政や企業の姿勢を変えさせることを期待しているといえる。
 具体的には、EPAは有害物資の汚染を除去する「スーパーファンド」の事業を行っているが、公聴会の開催や汚染に関する情報を公開す
るとともに、EPAの事業がきちんと行われているか、企業汚染が起こっていないか、起こした企業にどう対応するのかなど、市民が行
政や企業に対等に対抗できる専門的力量をつけることができるよう、市民団体に補助金を出して活動を支援している。
 軍の施設を開放して国立公園として再開発している「プレシディオ公園」においては、公園の開発を行政で行うのではなく事業団を
設立して行うという実験プログラムを実施することにしているが、国立公園局はその開発に市民参加、環境保全という原則が保障さ
れるよう活動している「プレシディオ連合」というNPOに「プレシディオ」内の事務所を無償貸与し、活動を支援している。

 こうした行政の姿勢について国際課のデービッド・マウディ氏はこう話してくれた。
「EPAでも1994年に新しいプログラムを始めてきた訳ですけども、それによってEPAの仕事が随分変わってきた、
・・・私たちが今、努力しているのは地域社会と共に物事を進めていくという事で、同じ対等なパ−トナ−として彼らを扱って一緒に
やっていくということを、特に強調しています。」
「これまで環境庁がやってきた事、いろいろ地域社会から批判されたわけで、すでに決定が行われていても決まっている後の段階に
なってから一応の市民参加を行うというやり方がかなり批判され、それを受け入れてより早い段階、計画の早い段階で、市民参加を
やっていくことにした」
「EPAは事業のやり方を変えようとしている。もっと地域社会を尊重して、・・・それで、地域社会の力をつけていく、地域社会が
自分達でいろいろ物事を解決していくような力をあたえていく。」
 また、組織の考えがそんなに簡単に変ることができるのかという質問に、「簡単にはいかない、だから内部で研修を行っている。」と
答えてくれた。
  アメリカ社会においても市民が行政を訴えるという行政と市民の対立の構図は無くなっていない、むしろ、市民と行政の対等な関係
を築くことは、この対立がより激しくなることも内包しているわけだが、あえて、その事により行政の姿勢を変え、対立から協調へ
の道を見つけ出そうと努力している姿が彼の発言の中に見ることができた。

  重要なのは単に組織関係ではなく、その根底に、行政をきちんとコントロールする主たる権利者は市民であるという考えが市民にも
行政側にも定着していることである。
 その考えに基づいて行政が市民団体を共存共栄の対等なパートナーとして関係を維持しているのである。

3.NPO活動への連携と支援のシステム

@支援活動の特徴
 財団がNPOに財政支援するだけでなく、財団が財団としてのポリシーというか、社会変革、政策転換を活動の目的や支援方針として
持っていることが注目される。
 タイズ財団は全米に50ほどある「社会変革財団」という財団の一つで、「社会的ベンチャー・キャピタリスト」ともいわれ、
革新的、実験的な市民活動に限って助成をしている。
 また、個々の財団の連合組織である北カルフォルニア・グラントメーカーズ(NCGM)では「助成内容についてもいろいろ議論
して方針を決める。
例えば、エイズ関係ならば、最近はどちらかというと治療関係のNPOに行うのでなく、政府のエイズ政策の転換を促進するような
活動を行っているNPOに助成するという方針を採っている。」というように、社会状況に応じて助成方針を決めている。
 
ANPOの「ゆりかごから墓場まで」
 市民団体の活動を維持していくことは、様々な支援制度や助成などがあっても容易ではない。
どんな活動をしていくのか、組織をどう運営していくのか、財源はどうするのか、など様々な課題を乗り越えていかなければうまく
維持できない。
 実際、活動や財源がうまく行かず、つぶれてしまうNPOも多いという。
その時には、組織の財産や、職員、活動そのものなどを事後処理しなければならないが、それを行うNPOもいる。
NCGMも、危機的な経営状態のNPOに財政支援するだけでなく、破産した後、スムーズに事後処理されるよう財政支援を行っている。
 しかし、そもそも破産しないようにするのがベストだ。タイズ財団は、NPOのインキュベータ機能を目的としたタイズセンターと
いうNPOを設立した。
 センターは、アイデアはあるが組織や資金が無いために活動ができない比較的小さな規模の市民団体の立ち上げを支援している。
NPO設立希望者から出されたレポートの中からアイデアがしっかりしているものを厳選し、タイズセンター内で活動することを認め、
独り立ちできるまで財政支援する。
 その期間中、センターはNPO設立に必要な組織マネジメント・人材育成・ファンドレージング(資金集め)などのノウハウをトレー
ニングする。
  トレーニング中、月1度の報告を義務づけ、その審査は非常に厳しいという。
  こうして、活動の目途がついたものは、晴れて「独立」して、市民活動を開始する。

B大学や有識者などの果たしている役割
 大学は人材、知識の宝庫であり、それらが市民に開かれたものになっていることの意味は大きい。
 アメリカの大学生は、インターシップ制といい、単位の一部がボランティア活動により認められる制度がある。
LTSCにも3名の大学生がボランティアスタッフとして働ていた。1学年3〜4単位が認められるという。
 大学には日本の大学の就職情報のように、各種のボランティア活動の情報が貼られていて、学生はその中から条件等が合うものを選
択する。
 専攻に関係あるものを選択することが多く、ボランティアに来ていた彼女たちも大学ではソーシャルワークを専攻していた。
  ボランティアの人材だけでなく、その中から将来のスタッフになることもあり、人材育成にとって重要な役割を果たしている。
  大学では、法律専攻の学生たちが市民団体にロークリニックという法律的なアドバイスを行ったり、理工系学生は技術的・専門的
な知識を提供している。
  また、法律家のメンバーが環境公正に関する法令ハンドブックを作って市民団体に提供している。
 こうした支援により市民活動が専門的知識で支えられ、情報や専門家を多く持っている行政や企業などと対等に行動できる。
  EPAでは、こうした市民団体を支援する大学に対しても助成を行っている。
市民団体が自立した活動をすることができるためには専門的、技術的な知識が必要との判断からである。
 
4.市場経済との共存について

 最近、NPOは民間営利企業との競争にさらされている。
公共サービスを市民団体が担うということが、市民自治の観点からだけでなく、「小さな政府」論など新保守主義的な観点からも進
められてきたことの必然であるが、企業への民間委託との競合が顕在化してきている。
  行政側がNPOだけでなく一般企業にも入札などにより事業への参入を認めるようになってきている。
  また、企業の中には、NPOとサービスの質やコストで競争するものが出てきたという。
  ライズというNPOは都市圏交通委員会との契約事業を随意契約で行っていたが、3年前に民間との競争入札になったという。
結果的に事業を継続することができたが契約更新にはまた競争入札が待っているとのことであった。
 このように、市民団体だから、非営利だからというだけでは活動の既得権を得られなくなってきているという厳しい状況がある。
それだけに、NPOには活動の理念だけでなく、組織のマネージメントや優れた人材確保が重要になってきているのも事実だ。 
  だが、この問題をどう考えるのか。
競争原理からいえば、当然ともいえるが、はたして競争原理だけで考えて良いものだろうか、という疑問も残る。
行政の民間委託は日本でも多くの批判がある。
 NPO、市民が担う事業は民間委託とはどう違うのか。
市場経済の中でNPOはどのような役割を期待されているのか、大きな課題である。

5.地域における市民主権

  今回、NPO以外に2つの自治体と1つの自治組織を訪問した。
 アメリカの市政府は、住民がその必要性や財政状況等を考慮して住民が設立を決議し、州議会の承認を得ることにより設立される。
だから住民がその経費を負担できない、あるいは設立するだけの必要が無ければ設立しないので、市が無い地域、住んでいる地域に
市が無いということがある。
  これは自治体の財源が消費税中心であり、過疎地域では歳入が無いという財政上の違いも関係しているが、まず市の存在をその
必要性から出発して考えているところは、もともと市町村がすべての地域に存在している日本とは大きく違っている。
 このことは市民自治に対する市民意識という点で自覚と責任を、また自治の形態という点では多様性を生み出していると考えること
ができる。
 コーマ市や東パロアルト市は、小さい自治体で財政的に決して豊かではないが、州や郡のサービスではなく、自分たちの手で地域の
運営を行うという自覚がことばや姿勢に表れていた。
  また、どのサービスを自分たちで行うのか、どこまで行うのかということを自ら選択することにより、多様な自治システムをつくり
だしている。

 コーマ市は、自前で警察組織を持つが、消防組織は市民のボランティアが担っている。
  特にユニークなのは、同じ消防地区にあるブロードモア地域。ここには基礎自治体が無い。
  こうした無法人地域では一般の行政サービスは郡政府が行っている。
財政状況を考えて、それでよければ設立しないし、東パロアルト市のように自分の市を設立したいという意志があり、財政が許せば
設立することになる。
  結局、「ブロードモア警察保護地区」という警察組織のみを自治管理する警察だけの自治体を市民が新たに税を負担して設立した。

6.訪問を終えて
 
  今回の訪問に共通して感じたのは、あくまでも自分で何ができるのか、という市民の自立した意識が組織や活動の基礎にあること、
NPOや行政組織はそのための重要ではあるがあくまでも手段であるということである。
 「先に組織があるのではない、何かしたいから、必要があったからNPOを作るのではないか。」
本文化コミュニティセンター、ポール・大前氏のことばは、法律や制度論が先行している日本でのNPO論議への批判とも受け取れる。

 また、ボランティア活動について、私たちは誰かに何かを「してあげる」というものと考えがちであるが、実際ボランティアをして
いる人たちの姿勢は、支援先の人たち、例えば貧困者への、一方的な施しではなく、支援される人たちが自分で生きて行くことが
基本で、それを援助しているだけという考えが多い。
そして活動の動機も、「自分がこれを行うのが好きだから」「自分のためだから」という考えであった。
 市民の社会参加や自治・権利への意識の高さという点で、またNPO活動やそれに関する諸制度についてアメリカは確かに進んでいる
と言って良いが、良いことだからすぐ北海道でも、とは思っていない。
 その制度や状況の背後にあるバックグラウンドの違いを考えることなしにもろ手を上げてすぐ他の真似をするのは決して正しくはない
だろう。
 しかし、私たちが今まで当り前と思っている制度、考え方が決して絶対的なもの、普遍的なものではないこと、まったく違う考え
・システムでうまく行っているところがあるということ、少なくともこれだけは言えるのはないか。
 この北海道でも市民意識、社会的課題はますます変化してくるだろうが、その変化への対応は多様な選択があるし、今までの形態
にこだわることはない。
 既成の枠組みや既成概念から離れて何がベターな方向なのかを探っていくことができると感じた。