道新の夕刊に『小学生新聞』という子供向けの紙面があって
その中に有名人の子供だったころの話を連載しているのですが
そこになつさんが連載ちうなので、特に更新ネタが無いのをいい事に(笑)、
文章をアップしまする(^^;ちなみに、4回も連載されるらしい(迷惑)。←嘘
…ちなみに、本文は子供向けにひらがなが多用されているんだけど、さすがに
ここでは漢字を使います(^^; 読めないという方は管理人まで(爆)。
@'01 2.10 忘れられない『五円屋』
昨年はコンサドーレ札幌への熱い応援ありがとう。サッカー好きのたくさんの小学生ファンが、ぼくらの試合を見にきてくれてうれしかったです。おかげでJ2での優勝とJ1昇格を果たす事ができました。 ちょうど、この記事が新聞に載る頃は、南半球のオーストラリアで新しいシーズンに向け、岡田監督や選手たちが合宿しています。今年はまさに勝負の年。強敵ぞろいのJ1のなかで、厳しい試合が続くと思うけれど、僕等が頑張ってる姿を見て、みんなも頑張ってくれたら嬉しいです。  前置きが少し長くなりましたが、僕は3人兄弟の末っ子として、東京に近い千葉県の船橋市で生まれ、市内の習志野台第二小学校に通いました。 千葉県といえば、昔からサッカーの強い県として知られています。ところが、小学校高学年になるまでの僕は、サッカーとは縁の無い、内気で人見知りする子でした。とにかく人と話をするのが大の苦手。いつも3つ年上の姉、聖子の後ばかり追いかけていました。会社員の父、忠雄は書道の先生もしていて、団地住まいの我が家には子供や大人が書道を習いにきていました。ところが、みんながいるのに、四つ年上の兄、忠範がすぐ喧嘩をするので父からよく叱られました。そんな低学年のころに最も好きだった遊びの事は次回に触れますが、忘れられないのは百円玉を握りしめ、見知らぬ町へ友達と初めて自転車で買い物に行った事です。『五円屋』という名前のお店で、昔は子供の好きなおかしが何でも五円で売っていました。見知らぬ町と言っても、電車で二駅離れているだけですが、子供の僕にはスゴイ冒険でした。コンビニ全盛期の今は。こんな楽しいお店が少なくなって、ちょっと寂しいですね。

真ん中がなつさん。
     かなり見ずらいと思うけど、
全然面影ないっす。 
そしてこのTシャツ…(笑)。
A'01 2.17 楽しかった夏休みの江差
僕がまだサッカーを始める前の小学4年生ころまではよくメンコ、べいゴマ、野球などをして遊びました。 ベイゴマは北海道の子供達にはあまり知られていないと聞いたけれど、牛乳ビンのふたくらいの小さな金属製のコマをぶつけ合う遊びで、関東などでは昔から男の子に大変人気がありました。おやじと一緒にやったたこあげもすごく楽しかったな。買ってきたたこではなく、竹や和紙を使って、自分達でたこを作ったんだよ。絵はもっぱら当時流行っていた漫画なんかを書きました。 2−3年生のころだったかな。学校のグラウンドからめちゃくちゃ遠くまであがって感激したのを覚えています。 とにかく、僕が子供のころは、友達とみんな外で遊びました。本州の子供達は冬でも半ズボン姿が普通なんだけれど、今はみんなテレビゲームに夢中になっているのか、家に閉じこもる子供が多いみたいだね。ある程度は仕方が無いのかも知れないけれど、この記事を読んでいるみんなは、もっと外で遊んでほしいなぁ。 外遊びといえば、母良子の実家が道南の江差町にあり、小学校の夏休みには、兄の忠範や姉の聖子とともに毎年のように訪れて、海岸でよく遊びました。みんなで魚をとったりして、楽しい思い出がいろいろあります。 北海道には子供の時からなじんでいたんですよ。コンサドーレ札幌に入ってからも、最初のシーズンオフの年末年始を江差で過ごし、久しぶりにおいしい海の幸を味わいました。町の人たちからも温かい言葉をかけてもらい、北海道は良いところだなぁっと改めて感じました。 話はまた子供時代にもどりますが、学校の勉強のことにも触れなければなりませんね。前回話したように、会社員の父は書道の先生もしていたのですが、ぼくは国語が最も苦手で、漢字を書くのも父に似ずに下手でしたね。得意科目は図工と体育でした。 ついでに好きだったテレビ番組は『ウルトラマン』。この放送がある日だけは不思議と、朝の6時半前にパっと起きられました。