夕張めろん
 WORD&MUSIC BY 皆川祐爾

あのせまい新宿の空から
にげだしたくて
長距離列車に足をなげだした 
遠い田舎が僕をやさしく迎えてくれる
疲れた心をいやしてくれると

ところが田舎はさびれるばかり
僕の居場所もみつからぬくらい

夕張めろん おまえだけが
かわらぬその甘さ
僕がわすれたものを
おまえが知っている
なつかしい友達や 遠い日の唄を

その昔僕は青春ていう実を
二つに割ってその甘い実を食べた
小さな種一つかかえて 汽車に乗り
あの都会の中で その実を育てようとした

夕張めろん 僕に教えてくれ
なくした物はなんだったのかと
なつかしい友達は 
どこへどこへ いったのかと

あのせまい新宿の空まで
また帰るんだ
このいなかの空の広さが
僕には途中なんだと
通り過ぎるしかない 町並み
すれ違うしかない 人達
僕の胸にはただ
遠いめろんの甘さが残る

夕張めろん 僕に教えてくれ
見つけた物はなんだったのかと
懐かしいあの唄を
僕に 僕にうたわせてくれ

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この唄は大学4年の時(昭和53年頃)作りました。当時は夕張メロンは今のような全国ブランドではなかったと思います。当時東京で暮らしていていなかと東京を行き来してできた唄です。お茶の水の日仏会館でこの唄を唄った時タイトルをいってもお客さんはあまりピンとこなかった記憶があります。夕張に帰ってからもこの唄でNHKのコンテストに出演してバンドの名前を夕張勤労青年楽団にしたりと、なんだかんだで自分には思い入れの深い曲であります。


   離山の唄
  WORD&MUSIC BY 皆川祐爾

おそい雪のちらつくこの町から
荷物を積んだトラックがでる
炭鉱を離れる人達の
長かった苦しみのような轍が残る
さよならさえ満足にいえず
ひっそりと町をでる
いい事なんてなにもなかった
いつもこんどこその くりかえし

さよなら気のいい炭鉱の男よ
坂道を下りこの町をでる
今度の炭鉱じゃあここよりも
ずっといい事がありますように

凍った水筒がお湯になる
熱くて湿ったあの炭鉱で
塩をなめて汗を流した
がまんを重ねて働いた
遠くで仲間の声がする
元気でやれよと手がふられる
ふりかえりたいもうふりかえれない
長い一日はまだ終わらない

さよならまっ黒い炭鉱の男よ
袋小路のこの町をでる
次の町でこんどこそ
重なる苦労がむくわれるように

怒りでにぎったその拳の
やり場がいつかなくなった
炭鉱さえ残ってくれたなら
どこへもいかずにすんだのに
子どもが泣きながらさよならをする
大きな家族がちりぢりになる
とどかなかった声
かなわなかった願い 
すべてを飲み込み炭鉱は眠る

さよならまっ黒い炭鉱の男よ
黄色いハンカチの町をでる
こんどの町で新しい
幸せの印を掲げておくれ
こんどの町で新しい
幸せの印をふっておくれ

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北炭夕張新炭鉱が閉山になった時に沢山の人達が夕張の町を離れねばならなくなりました。僕も閉山反対の座り込みをした記憶があります。テレビで炭鉱町の小学校のお別れ会を放映していてそんなのを見ていたり色々な思いの中でこの唄ができました。今は夕張には炭鉱はもうありませんが、夕張にはかつてこの唄のようなシーンが確かに存在していました。

(写真は映画『幸福の黄色いハンカチ』のラストシーン)

 

 


 石炭列車ブルース
 WORD&MUSIC BY 皆川祐爾

いつまでまってもこない汽車を
ずっとここでまってた俺は
どうやらすっかり
おいてけぼりくって
またひとつ 乗り遅れたみたい

ほんとは俺ものってゆきたかった
あの街ゆきの最後の汽車に
ネオンのまぶしいあの街まで
こんな淋しい町を出て

もう汽車はこないんですよと
駅長さんが肩をたたいた
プラットホームの明かりが消えた
石炭列車が静かに眠ってる

遠くで誰かの呼んでる声がする
違った暮らしがまってる気がした
どこでくらしても同じだよと
石炭列車がおれにつぶやく

連なる石炭列車みたいに
連なる石炭列車みたいに
 今日という日をつないでいくのさ
黒光りする 夢のせて

連なる石炭列車が走る
この町の夢をのせて
ずっとずっと走っておくれ
俺もここでもうひとふんばり

   石炭列車ブルース
   石炭列車ブルース

汽笛の音が遠くなるよ
夢が明日をかけめぐる
夢が明日をかけめぐる

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何十もの石炭をつんだ貨車を引っ張って走る石炭列車はまさに炭都夕張の象徴のようなものでした。踏切でこの列車にぶつかると10分以上は待たされたものです。この唄はちょうど夕張に帰ってきたばかりの頃に作ったもので、まだ少し都会に未練があるようなそれでもこの町でがんばろうと思ったようなそんなきもちを唄ったものです。この唄でヤマハのポプコンに出たりもしました。ヤマハの全道大会に出た時に帯広から1人の高校生の女の子が出演していてとても歌のうまい方で確か優秀曲賞という賞を受賞したのですがあれから幾星霜、その女の子はドリカムの吉田美和として立派に成長したのでありました。・・・・お友達になっておけばよかった・・・

 


        家族
WORD&MUSIC BY 皆川祐爾

母親は知っている  娘がいつか
遠くへゆくことを 
やがてくるその日が
いつになるのかを
母親は知りたくないと思う

父親は知っている 息子がいつか
自分より背が高くなると
いつか自分を追い越す日がくると
その日をうれしく淋しく待つ

大きくなっていく 子ども
小さくなっていく 親
子どもが離れていくのを
ずっと見送っているかのように
小さくなっていく 親たち

親は自分の夢を その子にたくし
子は自分の夢のために  
なにをためらうことなく
親をふみ越える

親をふみこえたその子は
やがて親になり
その子どももまた
そんなささやかなリレーの中に
キラキラと輝く 想いがある

そんなささやかなリレーの中に
キラキラと輝く 想いがある

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この唄を作ったときは僕は独り者でした。子供はいつか親を踏み越えて生きて行くんだなーと思うことがあって作った唄です。今では僕にも二人の女の子がいます。すでに踏み越えられつつあるというか踏まれ(蹴られの方が近いかなー?)続けている今日この頃です。上の写真は親父とまだ可愛かった頃の娘達です。

 

  からころ
 WORD&MUSIC BY 皆川祐爾

からころと はた織りの音が
僕の胸の中に 響いてくるよ

君が夢をつむぐはた織りの音が
僕の胸の中に 聞こえてくるよ

どんなにつらい時でも
ひとりじゃないのさ
いつもすてきな仲間が
となりに座ってる

みんなの夢をつむぐ
はた織りの音
からころと 響いてくるよ

からころとやさしい気持ちが
君の胸の中で ひろがってゆく

おもいをこめた糸でみんなは
はたを織る
夢がかたちになってく
すてきな織物に

どんなに淋しい時でも
ひとりじゃないのさ
みんなの励ます声が
聞こえてくるのさ

君のおもいをつむぐ
はた織りの音
からころと 聞こえてくるよ

みんなの夢をつむぐ
はた織りの音
からころと 響いてくるよ

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僕の家の近くにある清水沢学園のからころという名前のさおり織り工房の事を唄った唄です。陶器やさおり織りの販売もしています。夕張に来たらぜひ寄ってみて下さい。南清水沢4丁目です。



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