| 最初に |
| 身近な出来事や今考えている事など、徒然なるままに述べて行きたいと考えています。みなさんからの感想やご意見をメールでお寄せ下さい。是非掲載したいと思いますので、可否についても書き込んでください。 |
| つかの間の幸福 |
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今日は、かみさんの44回目の誕生日。22歳で結婚したうら若き女性もすっかりおばさん。(私はすっかりおじさんですが。)そんなことをノタマッテイル場合ではありません。私の影響で我が家はイベント好き。今日は、私が市内の有名菓子店に特注のデコレーションケーキを頼み、母が出前の寿司を注文して、夕方を迎えた。息子はバイトがないので家に居たが、娘は4時からバイトで8時に帰ることになっていた。夕食を遅らせ7時30分からにして、せめてケーキ入刀は家族全員でということで、9時頃にろうそくに火をともし、「ハッピーバースデイ・・・・」を歌い、ろうそくを吹き消し、誕生日を祝った。少しだけ家族としての会話があった。「お腹いっぱい」と言いながら、切り分けたケーキの大きさを比べたり、今日借りてきたDVDの話をしたり、昨日の晩冬の嵐の話をしたり、久しぶりに家族がいっしょになったような・・・・私はこっそりと感傷にひたっていた。本当に久しぶり、数ヶ月、1年ぶりかもしれない。そして、このような光景はもうないのかもしれないと考えると、胸が熱くなってくるのがわかる。出来れば来年もこんな場面があればと思う。そして近い将来、メンバーが増えるのか減るのかわからないが、同じように普通の当たり前の家族のイベントを持ちたいと思う。 注釈 |
| 「初めての経験 胃カメラ」 2002.5.8 |
| 今日、生まれて初めて胃カメラと言う物を飲んできた。なぜかというと、職場の人間ドックの胃のバリューム検査で引っかかったためで、ドックの時、問診した医者の台詞が凄い。「食道はガンの可能性あり。」、「胃も腫瘍のような影が見えます。」、「十二指腸の辺りには潰瘍のような影もありますので、再検査が必要ですね。」、「胃カメラを飲むのが早いでしょう。」とのコメント。 しかし、驚きはしない。胃カメラを飲ませようとする医者の策略であることは、言うまでもありません。それから3ヶ月が経ち、ゴールデンウィークに入る直前、職場の直属の上司も胃カメラを飲んできたというので、「どこの病院で?どうでしたか?」と聞いてみると、「市内で一番細い管で6ミリしかないやつで、楽だった。お前の同級生のT医院だ。」とのこと。それまで「公立の大きな病院にすべきか。いや、飲むのはやめてもいいか。」と、考えていた気持が同級生のあいつならうまくやってくれるのではないか。という安易さに変わり、電話して今日の日を迎えたのであった。検査自体は、のどの麻酔が上手く効いたためか、「ゲー」も少しで楽であったが、胃の動きを抑える注射のせいで頭はぐらぐら、目はぼわーとして帰りの運転もままならず、帰宅してからもその後遺症で思考能力と運動機能が低下している感じで、その日は仕事を休むこととした。 結果は、「ちょっと胃炎のような感じだが、異常はないよ。」という友人T医師の言葉にひとまず安心したが、ここまでの3ヶ月は自分の中で面白い現象が起きていた。 ガン保険には入っている。死んだら生命保険で息子の大学の学費や娘の学費ぐらいは出るし、家族の生活にはそんなに迷惑はかけまい。告知をしてもらって、仕事をやめ、好きな釣りを体力のあるうちは思う存分やるぞ。かみさんと旅行もしたい。骨は好きな川、そうだな・・・・・川か・・・・・川に散骨してもらおう。1週間ぐらい好きなパチンコもゆっくりしたいな。などなど。ばかげた事を考え。家族を巻き込んで、気持が高揚していた。しかし、この結果を知らされると、さあー元気でまた働いて、釣りもやって、パチンコもやって、と思う前に現実の仕事上の懸案が頭に浮かんでくるのは、出世(仕事)をリリースできない釣り人の1人ということなのであろう。しかし、いつまでも仕事中心の人間でいてもしょうがない。 |
| 「夫婦って何なんだろう。」2002.7.14 |
| ある若い夫婦(2人とも)に危機が迫っている。一方では先日、その夫婦と同じ年の夫婦に結婚後数年目にして、子供(女の子)が産まれた。釣りキチの彼が父さんになって三日目だというのにすっかり親ばかになっていた。両カップルとも年で言うなら私の14年後輩で、パターンは違うが私達夫婦が経験してきた道を後追いしている。子供が産まれ、夫婦の間に亀裂が入ったり、仕事で悩んだり・・・・・。でも少し違うのは、私達夫婦には「別れよう。」と思った事は一度も無い。それは、お互い弱い人間で、相手が居なければ生きていけない依存体質の似たもの夫婦だからだ。相手に甘え、わがままを通す事もある。妥協の産物夫婦の典型である。でもそれでいいと思っている。それこそ甘いかもしれないが、家の外で突っ張って生きている私にとって、家は気持ちを楽にさせてくれる憩いのオアシスである。家内が居て、子ども達が居て、お袋が居て。しかし、ここへ来て子ども達の成長と共に心配事の質が少し変わってきた。大人へ大人へと急加速している子ども達。特に高2になる下の娘は、他の家族全員におおいに心配を掛けている。ここ数年がピークだろうが、これからどのような展開になるのか?楽しみであり心配でもある。話しは、最初に戻るが危機が迫っている夫婦には、幼い子どもが一人居る。女の子でとてもけなげな子である。子どもはみんなそうであるように、感受性が高く、小さいハートにあふれんばかりの感情をたくさん押し込んでいるように見える。別れる別れないは夫婦の問題だが、一番傷つくのは子どもである。子どもという立場で私も経験したが、両親のこういった状況は、人生のターニングポイントとなることは必死である。それは、良いにつけ悪いにつけである。私の場合は、小学生から中学にかけての時期であったが、私を強くしてくれたと解釈している。いくらお節介に心配しても、所詮夫婦の問題である。近くから見守る事しか出来ないが、少しでもアドバイスできたらと思っている。夫婦の機微をお寄せ下さい。同士の皆さん。 |
| 2003年を迎えて 2003.1.1 |
| 2003年の元旦。今日もいつもの休日と同じように早く目が覚めてしまった。私は休みの日になると朝6時前後に目が覚めてしまう。ゆっくり寝て、英気を養えばといつも思うが、そうはいかない。春・夏・秋なら、「日帰りの釣行にでも」と思い立って、急きょ出発という事もあるのだが、なんせ冬である。何もする事が無いので、メールをチェックしたり、新聞を読んだり、このホームページを更新したりと、2時間ぐらいを過ごし、家内とおふくろが起きて来るのを待ち、朝食を取るのが休みの日の日課である。子ども達は、昼頃起きてくるが。 そして、今年は悲しい知らせが届いた。大晦日のローカルニュースで、ある町で35歳会社員が死亡という交通事故が報道されていて、苗字が珍しく、私の従兄弟と同姓であったため、ひょっとしたらと思っていたら、従兄弟の従兄弟であった。奥さんの実家へ帰省している時の惨事である。まだ若いのに、子どもさんも居るのに。奥さんは骨折の重症。奥さんの父上は脱きゅう程度の軽症だと従兄弟からの電話が元旦の朝8時にあった。お目にかかったことも無い方だが、合掌するしか私に残された道は無い。 寝正月を迎えていた私達家族には、ショックの一語である。いつ我が身にと思うと日々の平凡な暮らしがどれくらいあり難いものか。大切に1日1日を過ごしたいものだ。とりあえず今日は、初詣と初打ちと思っている。それと昼寝とレンタルビデオと夜寝と・・・・・。 今年もがんばろうと思うには、もう少しゆっくりとした時間がほしい。そう思っているのは疲れ気味の中年男の共通の思いだろう。 |
| 娘という家族1 2003.1.13(月)成人の日 |
| 私の息子は19歳、娘はあと2週間で17歳、花の高校2年生である。この宇宙人は、どこから来てどこへ行くのだろうか。ちょっと前、「最近の若い奴は宇宙人」とか言っていた頃があった。そんなことはない。地球人に決まってるし、若い奴には若い奴の考えや価値観がちゃんとあって、話せば、大人(おじさんやおばさん)にもわかる。と私は思っていた。それには、大きな一つの前提があった。それは、茶髪であろうが、ピアス3つであろうが、外観にとらわれることなく、その人物の人柄を判断できると私自身を思っていた。しかし、コミュニケーションが少しでも取れる場合であって、ほとんど顔を一日に2回程度見るだけでは、何を考えているかなど分かるはずも無い。それが、今の娘と私の関係である。とても悲しい。 |
| 娘という家族2 2003.10.13(月)祝日 |
| 娘との関係が悲しい状態になってから、しばらくが経つ。友人の娘が5月のゴールデンウィーク明けに家出した。未だに消息が分からないようだ。高校を中退して1年ぐらいしたある日突然のことだ。それまではアルバイトと大検の通信教育の日々だったと聞いているが、数十万円の貯金はしていたようで、友人として月並みに「便りの無いのは無事な知らせ。」と慰めるしかない。 丁度その頃、うちの娘にはヤンキーではないバイク野郎の彼氏(?)ができて、我が家と彼の家にいりびたりで、外泊こそしないものの(同姓の友人の家に泊まるといっては・・・・・・かもしれないが)、家族とのふれあいはほとんどなくなってしまった。必要最低限の会話。アルバイトと彼氏の訪問で週1回ぐらいしか家族水入らずの夕食はなく、それも私の仕事とまっすぐ家に帰れない症候群のため、私は抜きである。 昨日も、市内にある健康ランドへ夏場からの心と体の疲れを家族でとりに行こうと、誘ったがけんもほろろで、母と家内、息子と4人で行って来た。その間娘は、彼氏と我が家で過ごしていた。何こそやっているのか、そんなに彼氏と二人で居たいのか。そして、つい先ほど朝の6時頃、急に彼氏のバイクらしき音が我が家の前で止まり、娘が静かにこっそりと家を出ていったので、ひょっとしたら家出か?と思いきや、今度は家内がその後を追うように2階から下へ降りていった。私は布団の中で、じっとしているしかなかった。すると、30分が経ちバイクの爆音が去り、娘が上がってきた。家内は2階の部屋で娘と携帯メールで話していたらしく、急に彼氏が来て、部屋に入れるというので、こんない早い時間に何を言っているのということで、外で話していたらしい。少し安堵して、15分程度布団の中にいたが、起き出して来てこの文章を書いている。私は仕事のストレス解消で釣りにパチンコにと家族とのコミュニケーションがここ数年足りないと反省仕切りであるが、息子との関係は、ゆっくり温泉に入って世間話が出来る男同士の付き合いが出来るものだが、娘という異性人とは本音のトークが出来ない関係である。くちピアスで愛想の無い娘とは。彼女も後数ヶ月で我が家を出ていくのだろうか。 |
| 家族 2005.5.29(日) |
| 前回のコラムを書き込んでから1年半も経っていた。娘のバイト生活(フリーでないアルバイター)も1年半になり、社会人の経験が娘を家族に近づけてくれた。色色んな話をしてくれるようになり、お金の大切さが分かり、北斗のケンの打ち方が分かり、大勝を知り、バイトの辛さも分かってきたようだ。もう少しで自分のやりたいことも見つかる勢いだ。来年は成人式。かみさんとばあちゃんとその時着るきものをカタログを見ながら選んでいる。ごく普通にきものを着るんだとさ。 息子は私立大学の4年生。就職活動に専念しているがなかなか見つからない。当面の人生を決める大切なことだからぼちぼちでいいと思いながら、あいつも少し焦ってきているようだ。社会人としての自覚は持てると思うが、周りに左右され易いタイプの息子には少し心配な面もある。でも自分と言うものは少しづつ築かれていくもので私なんぞは50年近くかかったのかもしれない。いやまだ築かれていないかもしれない。 かみさんとは最近少し遠くなったかもしれない。いやだいぶかな。事務局長を務めている団体の運営で頭がいっぱいなようで、夫婦の関係はどうなることやら。 どこの家庭でもこのような事柄は当たりまえのようにあるのだろう。ただ、預言者でも超能力者でもない私達はこれからどうなるのか、不安と希望を持ちながら死ぬまで前を見て歩くのだろう。ちょっとうつになっているのか。 母は、70才を過ぎた頃から、足腰がだいぶ弱ったようで、体重が結構あるせいで外出も少なくなり、週に一度のパチンコも2週に一度となり、家族との外出も留守番が役目となりつつある。このままでは老いていくばかりであり、口がすっぱくなるほど出かけようと声をかけるのが息子の務めなのかもしれない。パチンコへ??。 |