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掌編小説/  コサージュ

コサージュ

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戦闘服をまとった蒼一郎(そういちろう)は、剣の柄を両手で握りしめた。マネキン人形のように均整のとれた黒い鋼鉄が、これも剣を持って目の前に立った。

(ちっ、このねぐらも見つかったか。まだ三か月の”新居”だったのにな)

黒いロボットが蒼一郎めがけて殺到してきた。

「死ネ、最後ノ人間!」
ロボットの金属的な声が言った。

「死んでたまるか、おれはまだ19歳だ!」
頭上に落とされたその剣を跳ね上げ、蒼一郎は身を沈めた。相手の剣をくぐり抜け、横手にまわって胴をなぎはらった。
黒いロボットの脇腹が大きく開き、精密な機械が露出した。火花が散っている。

(爆発する!)
巻き込まれないうちに出来るだけ遠くへ逃げなければ。
蒼一郎は走る体勢に入った。が、
「痛っ」
彼は、腹部を押さえた。膝が崩れる。

(爆発に巻き込まれる……!)
思わず閉じた瞼の裏に、閃光が駆け抜けた。と同時に、蒼一郎は誰かに抱きかかえられ、空高く舞い上がるのを感じた。地上に爆発音が響いた。

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「ナイスタイミングだな、風神(ふうじん)。助かったよ」

黒いロボットから立ち上る黒煙を遠くに見ながら、蒼一郎は自分を芝生の上におろしてくれた者に笑いかけた。
全身が青いメタリックカラーで塗られた一体のロボット。全身の塗装のあちこちが傷ついて剥がれている。先刻の黒いロボットに比べると、かなり旧式だとわかる。

「遅クナッテ申シ訳アリマセン、蒼一郎様。モット安全ナ隠レ家ヲ探スノニ手間取ッテシマッテ。ナニシロ今ガ一番、大切ナ時デスカラネ。コノ道ノ奥ニ、鍾乳洞ヲ見ツケマシタ。……歩ケマスカ?」
「ああ。少しばかり腹が痛むが……痛……」

蒼一郎は両手で腹部を抱えるようにしてうずくまった。その全身が淡い光に包まれる。逞しく張った肩が、なだらかになってゆく。勇ましい眉は細く、睫毛は長く、髪はみるみる伸びて腰のあたりまできた。体全体がひとまわり小さくなり、厚かった胸板はやわらかい二つの膨らみに変わった。

「麗華(れいか)様」

風神が、若い女性と化した”蒼一郎”を抱き起した。

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ロボットが家庭に置かれるようになったのは、いつ頃からだったろう。最初は掃除、洗濯用ロボット。高額だったから、裕福な家庭にしかなかった。しかし、各メーカーの科学技術は、競い合いの結果、急速に発展した。やがて、ベビーシッターロボット、家事一切を切り盛りする主婦ロボットなど、次々と人間の代わりを務めるロボットが安価で手に入るようになった。高齢化社会を反映して、独居老人の話し相手として、人間にきわめて近い感情を持つお話ロボットまでが家庭に入り込んだ。

人類が気がついたとき、地球の人口は人間4に対してロボット6になっていた。

さすがに、これはどうも危険だと各国の首脳たちが会議を持ったり、国連も動き出したが、遅かった。高度な知能と生身の人間より遥かに強靭な体を持つロボット達が「打倒人類」を叫び出したのだった。「アシモフの三原則」など、通用はしなかった。ロボット達は人間を殺傷することに躊躇しなかった。

2割に減った人類は、諦めなかった。彼らは宇宙の摂理に反することを承知で、自らの遺伝子操作を行った。すなわち、人間の雌雄同体化。

それと並行して、人類は、一旦お払い箱にした中古ロボット達に再度命を吹き込んだ。電子頭脳には「人間の命令に従い、人間の身を必ず守ること」、この一条を深く刻み込んだのだった。

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蒼一郎こと麗華は、最後の人類だった。

「早く赤ちゃんを産まなきゃだめね」

黒いロボット達の追跡を、風神と共にかわしながら、新しいねぐらを見つけてほっとすると、麗華はいつもそう言った。自分が死ぬ前に、子供を産まなければ。人類の種を絶やしてはいけない。人間を守ってくれるロボットも、風神が最後の一体だった。

今、風神が連れて来てくれた鍾乳洞は、しばらく黒いロボット達から守ってくれそうだった。

「今夜ニモゴ出産トイウコトニナルカモシレマセン。今ノウチニ眠ッテオカレルコトヲオススメシマス」

「……ええ、そうね。さっき、ロボット一体破壊したから、少し疲れたわ」

風神は人間が男女に別れていた頃を知っている。もう小さな寝息を立て始めた麗華を見るのが痛々しかった。80年前なら、そばについているのは自分のようなロボットではなく、彼女の愛した男性だったろう。これから出産だというのに、色気のない戦闘服など着て、眠っていながら右手はしっかりと剣の柄を握り締めているなどという悲しい姿でいることもなかったろう。

風神は、麗華の眠りが深くなったのを確認すると、そっと鍾乳洞を出た。

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満月の光が、鍾乳洞の奥まで、うっすらと届いた。

麗華は子どもを産んだ。

「双子デゴザイマス! オメデトウゴザイマス、麗華様」

雌雄同体の赤ん坊がふたり、元気な泣き声をあげ、鍾乳洞に賑やかに響いた。

「赤ちゃんて、こんなに小さいのね。でも、ほかほかしてあったかい」

早速ふたりの子どもに乳を与えながら、麗華は微笑んだ。

やがて、赤ん坊はすやすやと眠り始めた。風神はふたりをそっと抱いて、寝床に寝かせた。

「そんなすてきなベッド、いつ作ってくれたの?」

「麗華様ガオ疲レニナッテ眠ッテオラレタ間ニ、廃墟トナッタでぱーとデ材料ヲ探シテマイリマシタ」

「そう。ありがとう」

麗華は出産の疲れで、ぐったりしていた。

その胸に、風神が花の飾りを取り出し、つけてくれた。

「綺麗……本物のお花……じゃないわよね? これ、なあに?」

「ハイ。造花デス。こさーじゅト言ッテ、ゴ婦人ガ胸ニ飾ルモノデス。ぱーてぃーナドニどれすニつけたり。コレハ廃墟トナッタでぱーとデ見ツケタノデ、モウ色ガ悪クナッテイマスガ」

「へえ……素敵ね。初めてみたわ、こういうの。着ているのは戦闘服だけど、コサージュをつけてもらったら、少しは女らしく見えるかしら?」

「ハイ」

「ふふふ、嬉しいわ。……私が死んだら、このコサージュをつけたまま葬ってね」

「麗華様……」

「私の寿命も、あと4、5日……。人間は、ひとりで赤ちゃんを産めるようになったけど、寿命が極端に短くなったのよね」

麗華は氷柱のように垂れ下がっている鍾乳石をぼんやりと見つめた。

「風神。この子達をお願いよ」

「ハイ」

「あなたも、気をつけてね。同じロボットを破壊しなければならないあなたの気持ちを思うと辛いけれど……」

「私ハ人間ヲ守ル為ニ造ラレタノデス。オ気ヅカイハ無用デス」

コサージュ

麗華が息をひきとったのは、それから一週間後だった。

ふたりの赤ん坊の手を握って、最後の乳をやり、風神に感謝を述べ、子ども達の今後を託して、静かに目を閉じた。

麗華の胸では、色褪せた、しかし美しいコサージュが、風に揺れていた。

(完)

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