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水無月慧子の冗漫なエッセイ

「その12 大河エッセイ2『水平埋伏智歯(すいへいまいふくちし)抜歯手術・骨削(こっさく)あり――10日も入院!』 プロバイダーさんから借りてるアクセスカウンター

序章 「この下に、親不知(おやしらず)が埋まってますよ」


長年かかりつけの歯医者さん。まだ30代半ばに見えますが、頼りにしてます。3か月に1度、歯の定期検診をしてくださる。おかげで虫歯も出来ず、ちょっと歯肉炎気味という程度。毎度、歯科衛生士さんにブラッシング指導していただいている。その日も、べつだん痛む歯もないし、いつものように、自己流になってしまっているブラッシング法を矯正していただくだけだなーと軽く考えて雪道を踏みしめN歯科クリニックへ。それが、昨年2009年12月中旬のこと。

親不知粉砕

「ああっ! ここ、膿が出てますよ、水無月さん。鏡を見てください。左下の一番奥の歯がありますね。そのさらに奥のなんにもないところ。押しますよ。ほら、米のとぎ汁みたいなのが出てきたでしょう」
 と歯医者さん。
 おもむろに、1年くらい前に撮影した口中の歯が全部写っているレントゲン写真を持ち出して、
「この肉の下に親不知があるんですよねー。知ってました?」
「あ、はあ。20代の頃から、そこにあります」
「ご存知でしたか。最近、膿のようなイヤな味がしませんでしたか」
「そういえばしましたけど、歯垢の味かと思ってました」
「違うんですねえ。炎症起こしてますねえ。これは20代くらいの頃から、ずっと顔を出す元気がないまま埋もれていたようですね。これまでも、何度か膿、出てたんだと思いますよ」
「そういえば、こんな味、随分前からしていたような……」
「うーん。何度も膿むのを繰り返していると、よくないですねー。虫歯になったら抜くしかないし。今は痛みも腫れもないようですが、いつ腫れあがるかわかりませんよー」
「はっ。もしかして、抜くんですかっ?」
「強制はしませんけど、思い切って今の内に抜いてしまったほうがいいと思います」
 うえー、歯を抜くなんて何十年ぶりだろう。しばし逡巡する水無月。
 ……でも、もっと年をとって体力も低下して、頼る人もみなあの世に行ってしまった頃になって抜かなきゃならないというのも怖い話。ここは思いきって今抜いてもらおう。なに、歯肉を切開して親不知を抜いて、傷口を縫い合わせるだけのことだ。抜歯後の食事はレトルトのお粥とカロリーメイトでオーケー。
「わかりました。すぱっと抜いてください!」
 意を決した水無月だったのですが……。

第1章 「小規模な顎の手術をすると思ってください」


 2010年1月13日水曜日、水無月は、某医科大学附属病院の南棟に入院しました。
 N歯科クリニックで、すぱっと抜歯してもらって帰宅するものと思い込んでいたのですが、歯医者さんはおっしゃったのでした。
「うーん、これ、根が相当深いですねー。神経とか動脈との位置関係もレントゲンだとよくわからないし……医大病院に紹介状を書きますから、CT撮ってもらって、ついでに抜いてもらってください」
 なに? 医大病院? なんか、話が大きくなってきたような……。
 でもまあ、CTがあるかないかの違いだけだろうし、いいか。

通称スポンジブラシ  と、気楽な調子で医大病院の歯科口腔外科を受診したところ……。
「これですね、歯の根が骨に埋まっていますから、顎の骨を少し削らないといけませんね」
 早速撮影したCT写真を見ながら、ベテランらしい歯医者さんはおっしゃいました。
「えっ! 骨、削るんですかっ?」
「そうそう。この辺からメスを入れて切開して……」
 歯医者さんの指先が、CT画像の頬のあたりをなぞっている。
「あのー、ほっぺたから切るんですか?」
 顔に傷といえば、以前、『スカーフェイス』とかいう洋物のギャング映画があったっけ。それから、『キャプテン・ハーロック』ね。
 頬に向こう傷がついているところを想像していると、歯医者さんは能面のような顔をして水無月を見つめ、
「まあね。大昔の野戦病院ならそうしたでしょうけど、今は口の中から切ります」
 と、しらけた口調でおっしゃいました。なんか、ボケた質問してしまったようです。
 そして歯医者さんは、
「これ読んでおいてください」
 結構枚数のある書類を渡してくださいました。
『埋伏(まいふく)智歯(ちし)抜歯手術』
 白黒だけど生々しい手術経過を示す写真入りの説明書でした。
「埋伏は、埋まっているという意味です。智歯は親不知のこと」
 と、歯医者さん。
ふーん、『埋伏智歯抜歯手術』。
 ……ん? 手術?
  「まあ、歯をすぽんと抜くというより、小規模な顎の手術をすると思ってください」
 ええー! 手術してすぐ帰宅できるわけないよね。
「あのー、もしかして入院するんですか?」
「そうです。手術日の前日に入院して術後一週間から十日くらいは入院してもらいます」
 えー、ええー! なんでこんなおおごとになっちゃったの。N歯科クリニックの歯医者さんの口ぶりではCTで細部を確認する為に医大病院に紹介します、って程度の話だったのに。くそー、あの野郎、ほんとのこと言ったら、患者が逃げると思って、CT→手術→入院という段取りを承知のうえで、いかにも日帰りで抜歯できるふうを装ったな。
「麻酔は全身麻酔ですから、寝ているあいだに終わります」
 えー、親不知だろ。歯だろ。局部麻酔でいいだろ。
「全身麻酔です」
 念を押されてしまった。
 そんなわけで、 水無月、手術を明日に控えて病室のベッドの上。

第2章 「輸血が必要じゃないか?」


 手術当日は、母が来てくれました。
「心の準備、大丈夫ですか?」
 気遣ってくださる看護師さんの言葉に、
「いやなことはさっさと済んだ方がいいので」
 と答える水無月。
 この病棟の看護師さんは、みなさん感じがよくて親切。
 やがて時間となり、看護師さんに連れられて手術室へ。
 手術台に横になると、頭のあたりで執刀医の先生お2人がヒソヒソ話している声が。
「これ、輸血が必要じゃないか?」
 えっ。それって水無月のこと?
 そういやベテランの歯医者さんが「手術の際は、出血がかなりあります」とおっしゃっていたっけ。でも、輸血が必要な場合、この病院ではあらかじめ自分の血液を保存しておいて自己輸血することになっていると、入院の際、渡された書類に書いてあったじゃないか。
「水無月さん、血液型何型ですか?」
 げっ、ほんとに私のことかい。
「A型です、A型!」
「Rhマイナス?」
「あ゛ーっ、ド忘れしたーっ。一般的なほうです、一般的な! って言うか、ちょっと……」
 抗議しようとしたら、カパッと鼻と口に薄い水色の透明マスクがはめられてしまいました。
「はい、水無月さん、大きく深呼吸を3回してください」
 看護師さんの声。
 ついつられて抗議を忘れ、言われた通りにしてしまった水無月。
 3回目の深呼吸をしたときには、もうクテッと眠ってしまいました。
 ちなみに、輸血はしなくてすみました。

第3章 「これって意識不明じゃないですか!」


 以下は、母による、術後の話。水無月には記憶がありません。
「手術は1時間ほどで終わるというお話だったのに、2時間もかかったんざますの。
手術室からストレッチャーに乗せられて病室に帰って来たとき、娘はまだ眠っておりましたのよ。
10分くらいして、看護師さんが名前を呼ぶと、目をパカッと開けて返事をしましてねえ。看護師さんが『口の中血だらけで気持ち悪いでしょう。洗面台へ行って、口をすすいできましょう。起きられますか?』と訊くと、『大丈夫です』と応えて、しっかりとした足取りで、看護師さんお2人に付き添われて病室から7〜8メートル離れたところにある洗面台がずらっと並んでいるところへ去って行きましたの。
それから……そうですわね、10分くらい経っても戻って参りませんでね、随分時間がかかるものだわーと思っておりますと、遠くで看護師さんの声が聞こえてきましたんですのよ。
『水無月さん、しっかりしてください! 聞こえますか!?』『聞こえたら目を開けてください!』。
何事かあったのは明らかでしたから、わたくし、すぐに臨場しましたの。すると娘が床の上に倒れていて……。執刀医の先生お2人が呼ばれて駆けつけてくださって、娘の頬を叩いたり、声をかけたりなさったのですが、娘はまったく反応しなくて。唇なんか真っ白になっていて。真っ白ざますよ、真っ青じゃないんです。白!
  で、皆で抱えて病室のベッドに放り込んで待つこと20分。20分と言いますけれど、それはそれは長い時間に感じられましたのよ。
看護師さんのお話では、洗面台でコップに水をくんで口元に運んだところで、急に、へろへろへ〜と崩れてばったり倒れてしまったとか。

イソジン まったく無反応の娘を前にして、麻酔医の先生や執刀医の先生に、ふつふつと怒りがこみ上げて参りました。これって、意識不明じゃないですか! ってね。いつになったら娘は意識回復するんですかって。そうこうしているうちに、娘がやっと目を開けたんざます」(←注:実際の母はこんなヘンな喋り方はしない)

第4章 「この注射器あげますから」


術後は毎日午前中に診察室に呼ばれ、傷の消毒。
どんな傷が出来ているのか見るのが怖い。舌でそっと触ってみようかとも思うけど、やっぱり怖い。
ところが、トイレの鏡の前でうっかりあくびをしたとき、口の中が丸見えー! ひゃあ、心の準備がーっ!
……ん? 傷、ないじゃん? ずばばばばと切開して親知らずを抜いて縫い合わせたすごい傷があるはずなのに。んー、奥歯の歯茎のよこと後ろに黒い縫い糸がちょびっと見える。ははあ、このへんを切開してフタを開けて、中の親不知を抜いて、またフタをして縫い合わせたみたい(そういう細かい説明はなかったし、水無月は水無月で、確認するのが怖かったから聞いてなかった)。
その後、診察していただきに行くと、執刀医の女医さんが、
「ここに小さな丸い穴があいてますから……」
ほっぺたをぐいっと引っ張ると、確かに、普通にしていると奥歯と頬の内側がくっついてよく見えないところが、びろーっと伸びて、葡萄の種が通過するかどうかという小さい穴が。ははあ、これはあれだね。抜歯したあと、中に血が溜まると腫れるので、血を外に出す為にマカロニみたいなチューブを差し込まれていたんだけど、それを手術の翌日に抜かれたから、その痕だわ。
「この穴の中を消毒してください」
とおっしゃった女医先生の手にはパッケージあけたてのでかい注射器が!
「この注射器あげますから、この穴に先端(針というより、ボールペンの先みたいな感じ)を差し込んで中を洗浄してください。穴が小さくなって注射器の先が入らなくなったら、穴をめがけてブシューッと注射器の水をかけてください。そのあとは、イソジンでよくうがいして」
言われた通りの手当を朝、昼、晩、と繰り返しているうちに、
「明日は抜糸しましょうね。問題なければ、明後日退院予定にしましょう」
 と言われ、思わず「やった!」と口に出してしまった。

洗浄用注射器

終章 「友達とお茶したいんですけど」


 退院して20日ほど経つんですけど、穴がまだ開いてます。ゴマがちょうど通れるくらいの大きさですが。毎食後のお手当は続いています。
1.縫った傷のある歯を残して普通の歯ブラシで磨く。
2.傷のあるところは通称・スポンジブラシという使い捨てのブラシでそっと丁寧に磨いてあげる。
3.いったん、口をゆすぐ。
4.ほっぺたをぐいっと引っ張り、注射器に水を入れ、穴に向けて数回噴射して洗浄。
5.イソジンで傷を中心にうがいをする(前歯がイソジンに染まって茶色くなってきた。困った)。
これだけやると30分くらいかかるので、間食する元気もなくなり、おかげで1キロ痩せた。
困っているのは、注射器とかスポンジブラシとか歯ブラシとか、うがい用のコップとか、ケアグッズ一式を外出のお供に持ち出すのは無理なので、友達とお茶したいんですけど、今はまだ我慢しなきゃならないこと。
親不知、恐るべし(2010/2/11/Thu)。

写真説明(上から)

抜歯した親不知(ほとんど粉砕状態)
通称・スポンジブラシ
イソジン
洗浄用注射器
(完)

せっかくなので掲示板に一言コメントを書いていく

(どの作品をお読みになったか書いていってね〜)

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