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掌編小説/  皆既日食

皆既日食
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まるで、ワインレッド。

透きとおるようなその色に、白や黄色に輝く模様が載っている。

球形。

パソコンの3Dディスプレイの上でくるくるとまわっている。

こころみに、背景に星空を配してみた。

「こうして見ると、天体みたい」

那須花(なすか)は、自分のサイトを眺めながら呟いた。

”誰か、この球体をご存知のかたはいらっしゃいませんか?

素材はガラスです。少し大きめのイヤリングとして使っています。

父と母の形見です。

もし、ご存知のかたがいらしたら、ご一報ください。お願いします。

国立陰陽寮(おんみょうりょう)天文科一等技官

                     渋川那須花 Shibukawa Nasuka ”

               mail address: nasuka@xxxxxxx.jp


皆既日食

「皆既日食まで、あと半年だな。きみは見たことがないだろう? あるわけないよなあ。まだ17歳だものな」

那須花が頼まれた書類をまとめてデスクに置くと、制服をラフに着こなした渋川(しぶかわ)主任が笑いながら言った。

「はい。前の皆既日食は60年前と聞いています。知識としてしか知らないことを実際に体験できるのですから、今からわくわくしています」

国立陰陽寮天文科の室内は、すべての壁が必要に応じて大きな星図に切り替わる仕組みだ。それを眺めるのが、那須花は好きだった。

「おい、那須花。きみのサイト、見ちまったぞ、俺」

渋川主任が、不意に態度を崩して那須花に声をかけてきた。気がつくと、室内には、那須花と渋川主任しかいなかった。

「あんなサイトをつくったら、いたずらメールやダイレクトメール、ウィルス付きメールが山と送られてくるぞ」

「大丈夫よ。そういうときの為に、お兄ちゃんがいるんでしょ。あたしの用心棒さん」

那須花は小首を傾げて微笑した。那須花の言葉に、血のつながらない、しかし、那須花が赤ん坊のときからそばにいてくれた兄の渋川春海(はるみ)の頬笑みが返ってきた。

那須花は、ナスカの地上絵の中で発見された。一夜にして、巨大なアンモナイトの地上絵が出現した翌朝だった。たまたま休暇旅行中だった那須花の養父・渋川主任の父が、那須花を拾った。那須花が宇宙服を着用していたことと、那須花の大きな瞳が紫色に輝いていたことから、明らかに彼女が異星人だと察し、国立未確認生物調査隊の手に渡ってはと、案じてのことだった。未確認生物調査隊、通称・アンノウン・チェイサーズは、過激な行動をとることで有名だったからだ。赤ん坊を衰弱死させるような生体実験でも加えられては、医師として生命の尊厳と向き合い続けている養父には、耐えがたいことだった。養父は、何はともあれ、この小さな生命体をチェイサーズの目から隠すことを優先したのだった。

那須花と名づけた娘に、養父は黒いカラーコンタクトを装着した。これで、見た目には地球人と変わらない。

皆既日食

60年ぶりの皆既日食とあって、当日は、日本中が朝から空を見上げていた。目を傷めないように、ガラスの板に煤をつけて黒くしたものをかざして、太陽の欠け具合を見るのは、60年前と変わらぬ光景だった。

世間はお祭り気分だったが、ここ、国立陰陽寮天文科では、10人いる職員全員が、正面スクリーンを凝視しながら、口元を引き締めていた。

「係長。やはり変です。皆既日食が予定より9時間早く始まる計算になります」

職員の一人がコンピューターのディスプレイを見ながら叫ぶように言った。

「それに……これは……月ではありません! なにか、他の天体が、まったく別の軌道にのって月の先回りをすることになります!」

「他の天体?」

係長は眼鏡をかけなおすと、職員のコンピューターを覗きこみ、さらにスクリーンを見やった。

「渋川主任。きみなら、なにかわかるか?」

「はい。”渋川春海”のままでは、わかりませんが、別のプログラムを起動させれば、あるいは」

那須花の兄は席についたまま、口を開いた。

「2ndプログラム・アベノセイメイ、起動!」

春海の体が、カッと光った。制帽が黒い烏帽子に変形する。みるみる制服の袖が白くひるがえり、ズボン が、ぱふっと空気をはらんだ。

「プログラム・安倍清明、正常に起動。ただちに任務を開始」

顔はそのままだが、烏帽子と白い狩衣という平安時代の装束に変わった兄を、那須花は見詰めた。

兄が、アンドロイドだということは、物ごころついた頃から、自然と知った。

渋川春海――シブカワハルミ。あるいは、シブカワシュンカイ。この名も、江戸時代に実在した天文学者の名前だ。いくつかある兄のプログラムの1つにつけられたコード・ネームだった。

「係長。これは人工の天体です。大きさは月と同じくらい。生命体反応がありますね。この人工天体にはなにか、故障があるようです。ワープ航法で移動しているようですが、それがうまく働かずに暴走しているのかもしれません」

那須花の兄は、さっとコンピューターのキーボードをひとなでしたかと思うと、それだけの情報を引き出して見せた。

「なんとか、その天体の姿をスクリーンに捉えられないか?」

「やってみます」

皆既日食

まるで、ワインレッド。

透きとおるようなその色に、白や黄色に輝く模様が載っている……。

「この天体は……同じ、じゃないか……」

係長が、兄のそばに立っていた那須花を見た。職員一同の目が、那須花に、彼女の片方しかないイヤリングに集中した。

「渋川技官、そのイヤリングは……? あの正体不明の天体にそっくり、いや、そのものじゃないか」

那須花は、無言でゆっくりとカラーコンタクトをはずした。アメジストのような紫の瞳が光る。

係長が神経質そうに、頬をひきつらせ、近くにいた職員の肩を掴んだ。

「おい、吉田! アンノウン・チェイサーズに緊急連絡を……」

「待ってください」

 兄が低い声で、係長の興奮を抑えた。係長と吉田技官の動きが止まった。この変幻自在のアンドロイドに、この国の人間達は100年近く前から世話になっている。いや、アンドロイドが人間の為に働くことは当然なのだが、那須花の兄は、正確に言えば、全身機械のサイボーグだった。遠い昔、彼は殉職した宇宙飛行士だったという。彼の記憶は宇宙船の爆発事故のせいで失われていたが、人情の機微といったものは残っていた。それが、係長達にも、他のアンドロイドに対するのとは違う態度をとらせたのだった。

皆既日食

「大丈夫カ、那須花?」

「うん、平気。お兄ちゃんと一緒だから……」

スペーススーツに身を包んだ那須花は、蒼い宇宙の海を泳いでいた。といっても、兄の3番目のプログラム・"アストロノーツ・メカニック"に、抱きかかえられているのだった。

宇宙船の修理に抜群の能力を発揮するアストロノーツ・メカニック。その姿はアンドロイドそのものだ。フルフェースのヘルメットをかぶったような頭部に、軽い装甲をまとった騎士のような姿。声も、機械の合成音になっている。

那須花は、少し悲しかった。

「お兄ちゃん。好きなひと、いた? ガールフレンドとか、恋人とか」

「コンナトキニ、イキナリナンダ?」

「だって、お兄ちゃん、百年前は人間だったんでしょ。歳は、24、5」

「記憶ガ飛ンデイルンダヨ、宇宙船ノ爆発事故デ。……タダ、ソウダナ……長イ黒髪ノ女ノヒトの姿ガ浮カブコトガ、タマニアル。顔ハ思イ出セナイケドナ」

「あたしより、そのひとのことが、今でも好き?」

「エ? イヤ、ドウカナ……オット、話ノツヅキハ後ダ。問題ノ天体ガ近イ。ワープ航法デ近クヲ航行シテイル人工天体、イヤ、巨大ナ宇宙船トイッタホウガイイカナ。コノチカクヲ飛ンデイル。ナントカ、テレポーテーションデ中ニ入リ込マナケレバナ……」

兄がそう言ったとき、何かがゴオッと音を立てて、二人のそばをまぼろしのようにかすめて行った。

「アレダ! 那須花。テレポーテーションスルゾ。シッカリツカマッテイロ!」

那須花は兄にしがみついて、目を閉じた。

ものすごい高速で兄は飛び始めた。稲妻形に飛びながら、ドンッと、どこかに着地した。

まわりから、悲鳴のような"音"が聞こえた。那須花は、ゆるゆると目を開けた。

皆既日食

そこは宇宙船の操縦席だった。乗組員の視線が、那須花と兄に注がれる。皆、不安と敵意をむき出しにしている。見たところ地球人と変わらないが、口から発せられる言葉らしきものが、地球のどの国のものともかけはなれていた。

「あ……」

那須花のイヤリングから、聞きなれた言葉が流れて来た。

操縦席の乗組員たちの話し声が、地球人の言葉に翻訳されて聞こえてくるのだった。

「翻訳機だったんだわ、これ」

那須花の通訳を経て、兄はワインレッドの人工天体の修理にかかった。どれほど難しいアクシデントが起こっているのかと緊張していた人々だったが、兄が操縦席の一か所から取り出して床に放りだしたものを見て、あぜんとした。

「驚イタナ。ゴキブリガ、地球上以外ニモ生息シテイタナンテ」

それは、配線を噛み切って感電したゴキブリの死がいだった。

「配線ヲ直シマス……ヨッ、ト。ココヲ結ンデ、OK」

滅茶苦茶なワープを繰り返していた人工天体は、やっと穏やかな航行に入った。

操縦席には歓声があがった。

「エリス?」

不意に、三十代後半くらいのエレガントな女性乗務員が、那須花に一歩近づいた。

「ああ、エリス。間違いないわ、このイヤリング。この面ざし」

「ど、どなたですか? 私は渋川那須花です。お兄ちゃん、助けて」

兄は一旦、那須花を背後にかばった。

「失礼デスガ、アナタハ?」

「母親ですわ。たぶん。いえ、絶対に。この子が赤ん坊のときに、アクシデントがあって、地球と呼ばれる星に、置いてきた薄情な母親です。でも、ずっと、ほんとにずっと、この子の無事を祈っていました」

皆既日食

「いやよ! あたし、地球に帰る。ねえ、お兄ちゃん、連れて行ってくれるでしょ? あたし、お兄ちゃんと暮らしたいの!」

那須花は、兄にしがみついた。

だが、兄は返事をしなかった。じっと、那須花を見ている。

「お兄ちゃん?」

「那須花。落チ着イテ聞イテクレ。俺ハ、キミノ帰ルベキトコロハ、ココダト思ウ。ココガ、キミノ故郷ナノダカラ。地球ニ戻レバ、アンノウン・チェイサーズに追イ回サレル一生ダ」

「いや! お兄ちゃん。あたし……お兄ちゃんが好き。小さい頃から、ずっと好きだった」

「……那須花。俺ハ、人間ジャナイ。キミヲ幸セニハ出来ナイ」

「そばにいてくれるだけでいいの。今までのように。あたしが地球に帰れないなら、お兄ちゃんが一緒に来て。一緒に、この人工天体に乗って……」

「那須花」

兄の頭部の風防が、すいっと上がって、懐かしい顔が覗いた。

「俺だって那須花が好きだよ。だけど、それはあくまで妹としてだ。俺はアンドロイドとして甦ったときから、もう俺自身の人生を生きることは許されなくなった。地球人の為の助っ人。それが俺が生かされている理由だ。……那須花。きみの兄を演じた日々は、幸せだったよ。ありがとうな。さあ、きみは自分の星で新しい人生を始めるんだ」

「お兄ちゃん……」

皆既日食

皆既日食の日は大いに沸いた。インターネット上でもこの天体ショーの一部始終が配信された。

その興奮も、翌日にはおさまり、また普通の日々が始まった。

渋川春海は、国立陰陽寮天文科の自分の席で、ワインレッドに白や黄色の模様を配したイヤリングを眺 ていた。

那須花の笑い顔、泣き顔、すねた顔……。それらが、きらきら輝くイヤリングに映し出されるようで、彼は飽かず眺めていた。

(完)

せっかくなので掲示板に一言コメントを書いていく

(どの作品をお読みになったか書いていってね〜)

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