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出立(しゅったつ)

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 野菜泥棒をするには、ちょうどいい夜だった。月の光が弱い。カマルは大根を一本引っこ抜いた。自分の家の畑から作物を盗んだりして、何をしているのかしらあたし、と苦笑した。

カマルは弱冠十一歳にして、古元親方(ふるげん・うえーかた)のお屋敷の切り盛りを任されている。

とにかく、これで美味しいものをつくって、親方様に食べていただかなくちゃ。お屋敷には、もう口に入るものが何もなくなってしまったんですもの。

昨年春の琉球処分のとき、頑固党の一斉取締りがあった。古元親方を始め、頑固党の人達はヤマト警官達に捕まった。警察は頑固党を力ずくで県政に従わせようと、ぽかすかぽかすか暴行した。親方はその時の怪我が元で、まだ寝たきりだ。

頑固党は表向き県政に協力しますということで、皆釈放された。明治政府もちゃんと毎月のお手当を支給してくれている。しかし、そんなもの、古元親方が受け取るわけがない。他の頑固党の人々は、皆貰うものは貰って、王国時代より裕福に暮らしている。節操がないのよ、とカマルは腹が立っている。

……それにしても、若様はどうなさっているのかしら? カマルは口を尖らせた。古元親方の一人息子の古元朝勝(ちょうしょう)は、仕事をするでもなく、毎日、ふらっと出て行く。帰ってくる日もあれば、何日も留守のときもある。信念を通したせいで酷いことになっている親方様をほっぽり出して。親不孝者! カマルは大根を抱えて立ち上がった。

噂をすれば影とでも言おうか、カマルが実家から大根を盗んできた翌朝、古元朝勝がふらりと帰って来た。

「あら、おはようございます、若様。お早いお帰りで」

百姓の小娘にそんな態度で迎えられたというのに、朝勝は穏やかな顔で、

「おはよう、カマル。今日は急ぎの用があって帰って来たんだ」

と言った。そして、懐から封筒を二つ取り出した。

「いいかい、カマル。この封筒には、どちらもまとまった金子が入っている。片方は、これまで滞納していたきみへの給金と退職金だ。もう一方は、親父の残り少ない生活費と、葬式代だ。医者の話では、親父はもう長くないそうだ。もって一週間。他人のきみに頼むのは悪いが、親父の死に水をとってやってくれ。葬儀には誰も呼ばなくていい。来てくれる親戚もいないだろう。みんなあの頑固者の親父と血が繋がっているというだけで、ヤマト警察に目をつけられているんじゃないかとびくびくしている」

カマルは頭が混乱して、いつものように嫌味を言う余裕がなかった。ふらふらしてばかりいる不肖の息子が、いきなり背筋を伸ばした頼もしい息子に見えて、びっくりした。

「……あ、あの、若様? どうなさったんです? まるで、どこかへ行ってしまわれるような……?」

「今夜、清国へ、密航する」

朝勝は声を低くして、しかしはっきりとそう言った。

「明治政府が、『脱清(だっしん)』と呼んで警戒している、あれだ。私は何百年にもわたる清国(しんこく)との厚誼にすがって、沖縄県を、もう一度、琉球王国に戻す為、尽力する。父の分まで」

「で、でも、脱清はご法度、命がけの……」

カマルは、予想だにしなかった朝勝の覚悟を示されて、がくがくしてきた。

「では、今日まで頻繁にお出かけになっていらしたのは、ひそかに頑固党の会合に……?」

「うむ。密航する為の細かな打ち合わせをしていた」

「……でも、お金……このお金は、どこから……?」

「私が親父に変わって沖縄県庁からお手当として貰っていた」

「そんな! 親方様は拒んでいらしたのに!」

「けどね、カマル。実際に金子(きんす)は必要だった。密航船に乗る陳情団は士族が十五人だが、まず船を確保せねばならない。あとは船頭達一行を雇わねば。彼らも命がけだ。ちょっとやそっとの金子では頷(うなず)いてくれない。特に、最近、新北風(ミーニシ)が吹きだした。秋には台風にぶつかる危険もあるからね」

「若様……。あたし、あたし……」

カマルはぽろぽろと涙をこぼした。

古元朝勝を乗せた脱清船は、ヤマト警察の目をかいくぐって出航していった。古元親方は同じ日の真夜中に息を引き取った。

ひとり看取ったカマルは、古元親方の死に顔に、魂(マブイ)となって息子のかたわらに寄り添い、あらたな戦いに臨もうと言いたげな色を見た。

(完)

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