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掌編小説/  化石

化石

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上空から眺めると、思いのほか緑が多い大地だった。

「あらあら、ずいぶんいるわねえ」

超強化ガラスの床窓に、長い亜麻色の髪を垂らしながら、Mariaさんが言った。その瞳は魅力的に輝いている。若き恐竜学者としての好奇心のためだろうか。

「Ryoutarou。この”円盤”、もう少し右に寄せられる? あのトリケラトプスのこどもが見えるでしょう? もっと近くで確認したいの」

「ええ、寄せられますよ。これでも1st Levelの宇宙船乗りですから」

 操縦桿を両手で操って彼女の目標に近づきながら訊いてみた。

「あの小さいトリケラトプスにGPSを装着するんですか?」

「ええ。一目惚れってとこよ。この、素敵な首輪にGPSは埋め込んであるわ。どう? あの子に似合うと思わない?」

 Mariaさんは、床からケースを引き上げると、大きな人工石を下げた強化ベルトによる首輪を差し出した。

「脇見運転させる気ですか?」

 苦笑しながら、操縦を”船”に任せて、よくよくMariaさんの自信作を眺めた。彼女は学者であるとともに、アーチストでもあった。淡い緑色をした円形の人工石に、目一杯の大きさで抽象化された紋様が、浮彫にされている。ベルトはベルベットの質感を持った焦げ茶色だ。

「それって、ヒトデですか?」

からかい半分に訊いてみた。

「センスないわね、Ryoutarou。太陽よ、太陽」

「だとは思ったんですが」

「ユーモアのセンスも悪いわよ、Ryoutarou」

 Mariaさんは”太陽”を抱え込みながら、こちらを睨んだ。

「ま、いいわ。それより、あなたもついてきてちょうだいね、Ryoutarou。まわりに他の恐竜たちもいるし、麻酔銃を忘れずにね。それから、わかってるでしょうけど、作業用スーツのヘルメットには、High−gradeタイプの加工酸素を充分に補給しておいてね。この星の空気を吸ったら一分であの世行きよ」

「化学兵器に生物兵器、とどめは核兵器。あれから500年近く経っていますが、いまだにこの星は汚染されていますからね」

「そうよ。一見綺麗に見える木々も、あの恐竜たちも、毒の中で誕生し、毒の中で生きているのよ。一筋縄ではいかないわ」

化石

空気は澄んでいた。いや、正確にはそう見えるだけだ。この透明感に惑わされてはいけない。猛毒そのものなのだから。

「はい。これでいいわ。どう? おちびさん。気に入ってくれた?」

 Mariaさんを見ると、目をつけておいたトリケラトプスのこどもに、例の首輪を固定しているところだった。おとなしい恐竜だ。物珍しげな顔をして、自分の首に異物を装着するMariaさんを見つめている。Mariaさんの恐竜扱いがうまいということもあるのだろう。

「Ryoutarou……」

Mariaさんの深刻な声が、ヘルメットの中に響いた。

「どうしました?」

スーツの飛行装置を軽く作動させ、Mariaさんに近づいた。

「この子の目……」

 言われて見ると、トリケラトプスの双眸は、蛍光塗料を塗ったように黄緑色の光を放っていた。

「船から眺めたときは気づかなかったけど、目だけじゃないのよ。この皮膚。まるで鎧だわ。皮膚の域を超えている……」

専門家がこれだけ茫然となるのだから、それはかなり重大な危険をはらんでいるに違いない。Mariaさんが、やさしくトリケラトプスのこどもの頭をなでようと体を動かした。そのとき、トリケラトプスの口から唸り声が漏れた。険悪な声だった。

気がつくと、他の恐竜たちがこちらへ注意を向けだしていた。黄緑色に発光した双眸が、あちらから、こちらから、圧力を加えてくる。

「偵察船に引き揚げましょう、Mariaさん。急いで」

「え、ええ」

頭の中でめまぐるしく思考を働かせているらしいMariaさんの手をとって、麻酔銃片手に周囲を警戒しつつ、なんとか偵察船に戻ることができた。

スーツを着用したまま、ヘルメットだけをはずして、偵察船を急上昇させた。母船が待っている上空を目指す。船体の3割をコンピューターが占める、古いタイプの大型宇宙船。乗員は人間が500名、補佐用アンドロイドが50体。

母船に戻ると、探査報告をする前に、Captainから直接呼ばれた。呼び出しは、てっきり恐竜たちを観察したMariaさんに対してかと思ったが、「Ryoutarou、きみのほうに頼みがある」と、普段ものごとに動じないCaptainにしては切迫した声がインターホンから聞こえてきた。

「きみは1st class の maintenance man でもあったな」
 船長室へ赴くと、いきなりそう尋ねられた。

「はあ。しかし、資格を取得したのが5年前。しかも実務経験は数えるほどです。”船乗り”の腕を買われているもので」

「いや、それでいい。この船も、廃船目前の旧式だ。今回が最後の航海だということは聞いているだろう。そんな船体だから、最新式の船に慣れた整備員では、かえって頼りにならないということもある」

「どうかしましたか? 母船に何か?」

「船体を包んでいるバリアーが不安定なんだ。このまま大気圏を突破して大丈夫か、心配だ。原因をつきとめてほしい」

船外に出て、宇宙船の古さにみあった古いバリアーを点検していると、なるほど、しばらくして異常個所が見つかった。これは目視に頼るしかないタイプのトラブルだ。そういうと些細なことに聞こえるかもしれないが、問題は重大だった。

「Captain。バリアーが”二目”、抜けています。おそらく、この星へ赴く途中に、宇宙塵のかたまりの中をくぐったとき、塵のひとつが貫通したのだと思われます」

腰から工具を取り出しながら、ヘルメット越しにCaptainに所見を伝えた。

「今、バリアーの”網目”を補修しますが、なにしろ旧式です。大気圏を無事に通れるかどうかは――他の整備員の意見も聞かねばなりませんが、おそらく五分五分でしょう」

化石

Captainは、ひとつの決断をくだした。50代後半の、気力の充実している男の究極の選択だ。

だが、それでも迷いはあったらしい。彼はMariaさんの考えを、それとは言わずに聞こうとした。事が事だけに、自分の決断に、もうひと押ししてくれる材料が欲しかったのだろう。

「ああ、せめて、あの子の血液や細胞を採取してこられたらよかったんだけど……」

 Captainの意向をまだ知らないMariaさんは、母船から地上を見下ろして爪を噛んだ。

それは、恐竜学者としての探究心がうずいている証拠だろう。

「ねえ、Ryoutarou。わたし、不安なの。Companyの、この星をsafari park化しようって計画……。でも、あれは、あの子たちは、恐竜じゃないわ」

「じゃあ、なに?」

隣に立って、一緒にあのトリケラトプスのこどもを目で追った。スーツに隠しマイクをしのばせていることは秘密だ。彼女にこんなふうに接したくはなかったのだが。

「Monster……、ってところかしら」

「Monster、か」

「かつてわたしたちの星にいた恐竜……。絶滅した理由は、氷河期だとか、巨大隕石の衝突だとか、いろいろ言われているけれど、いまだに解明されていないわ。ねえ、あなたも昔TVで観たことある? もし恐竜が絶滅せずに進化を遂げていたら、今、人類はどんな姿になっているかっていうイメージ……」

「ええ。”宇宙人”みたいだったな」

「わたしも似たようなことを感じたわ」

Mariaさんは弱々しく笑った。

「もし……」

トリケラトプスのこどもを凝視しながら、Mariaさんは続けた。

「わたしたちは恐竜の子孫にならなくてすんだけど、やがてこの星に人類が誕生したとき……それは、あのmonsterたちを祖先に持つ”人類”だわ……」

「つまり、人間ではなく、彼らもまたmonsterとしてこの星に君臨すると?」

「ええ。そして、いつか、わたしたちの子孫たちの住む星を訪れるときがくるかもしれない……」

「友好的な訪問ではなさそうですね」

「……いえ、そうとは限らないわ。好意を持ってやってくるかもしれない。でも、彼らはmonster……。わたしたちの子孫が無防備で脆(もろ)い存在だと知ったら……? あのトリケラトプスのこどもが一瞬発した不穏な唸り声……」

Mariaさんはうつむいた。

「その心配はないだろう」

不意に、後ろからCaptainの声がした。

「Maria君。きみも、すぐに救命船に乗り移りたまえ」

「……え? Captain……?」

「船体のバリアーに不具合が生じた。Ryoutarou君たち整備員が手を尽くしてくれたが、大気圏から宇宙空間に無事飛び出せる確率は25%。乗員500名の命を懸けるには、危険が大き過ぎる」

「では、いったいどうなさると……?」

 Mariaさんが悪寒をこらえるように自分の両腕を抱いた。

「希望は捨てない、最後まで。だが、最悪の事態を考え、乗員をすべて救命船に分乗させて宇宙空間に脱出する。この母船はRyoutarou君が遠隔操縦で大気圏突破を試みるが、その際のショックでバリアーが消滅したら、母船は、この星に墜落する。燃える巨大隕石と化して」

「あの”恐竜”たちを絶滅させるおつもりですか? ……故意に?」

「故意ではない。あくまでも、必然にゆだねるということだ」

「Captain! あなたがたがやろうとしていることは、生命操作だわ! Ryoutarou! あなたも何か言って!」

何も、言えなかった。

化石

「大林教授! ここに面白いものが埋まってます!」

T大学考古学研究室の学生が、軍手をはめた手を振った。

「見てください。ヒトデの化石ですかね? 恐竜が絶滅したのが白亜紀末頃。そのころヒトデなんていたんですか?」

「どれどれ」

麦藁帽子をかぶった大林教授は、腰をとんとんと叩きながらやってきた。まだ定年には間がある。最近メタボ気味で、ひそかにダイエット飲料を摂取しているが、なかなか体重が落ちない。

「……これは」

男子学生が掘り出したものを見つめて、教授は息をのんだ。

「きみ。これは人工的に創られたものじゃないかね」

「絶滅した恐竜の置き土産ですか?」

「まさか。恐竜にこんな手の込んだ細工が出来るものか。……それに、これはヒトデじゃないな」

二人のやりとりに気づいた他の学生たちが手拭いで顔や首の汗を拭いながら、集まって来た。

「太陽だな、こりゃ」

大林教授は唸った。

研究室に持ち帰って、早速分析しようと教授は考えた。

「さしずめ、”太古の落日”といったところだな」

 教授は、ぽつりと呟いた。

 
(完)

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