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掌編小説/  風車

風車
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まるで、可愛いおもちゃね。

一生懸命顔をあげて自分を見つめているロボットに微笑みかけながら、瑠美子(るみこ)は思った。

相手は、人間で言えば3歳児くらいの大きさで、体も三頭身だった。顔の表情は見えない。フルフェースのヘルメットをかぶったようなデザインなのだ。それでも、瑠美子には、その「子」が自分に強い興味を示しているのが、なんとなくわかった。

「ボク、お名前は?」

しゃがんで、ロボットと同じ目線に顔を寄せて、瑠美子は尋ねた。

「フウガ、フウガダヨ」

金属的な「声」ではあったが、瑠美子には愛らしく響いた。

少子高齢化が進み、この手の人間型ロボットが玩具として売られるようになったのは、何年くらい前からだったろう。中高年の夫婦が孫代りに、一人っ子が兄弟代りにして、癒される。いわば、ヒーリング・トイだ。しかし、瑠美子の目の前にいるロボットはそれらとは違う。

「フウガ……風雅くんかあ。そうねえ、フウちゃん、って呼んでもいいかしら?」

「フウチャン? ウン! オ母サンガクレタ名前ナラ、ボク、何デモイイヤ!」

この受け答え、市販のヒーリング・トイには真似が出来ない域に達している。さすがは堂島(どうじま)博士だわ、と瑠美子は思った。

「どうだろう、瑠美子さん。この風雅を、一か月だけ預かってもらえるだろうか?」

風雅のかたわらに立って様子を見ていた堂島博士が訊いた。

そこは県保健局の付属施設である「ロボット介護士研究所」の1階ロビーだった。

堂島博士は瑠美子の亡くなった夫の親友で、まだ30歳そこそこの若さだった。
彼が、今回の話――「ロボット・ホームステイ・プロジェクト」の責任者だ。
彼は、瑠美子に子供のロボットの里親になって、一緒に暮らすことによって、ロボットに、もっと細やかで、人間と変わらないほどの感情を身につけさせてほしいと申しこんできた。
人間の介護士からいちいち指示を受けなければ動けないロボットではなく、人間の介護士と、阿吽(あうん)の呼吸で連携プレーが出来、或いは自らの判断で、ヒーリング・トイでは得られない優しい言葉をかけたり出来る高みまで、この風雅を育ててほしいということだった。

「私でよければ、いえ、ぜひ、私にフウちゃんを預からせてください」

瑠美子は丁寧に頭を下げた。

風車

「ボク、オ祭リッテ、ドウイウモノカ、知ッテルヨ。デモ、実際ニ行クノハ初メテナンダ。ドキドキスルナア。ソレニ、オ母サン、ソノ浴衣、トッテモ似合ッテルネ。ボク、照レクサイヤ、ヘヘヘ」

瑠美子に手を引かれながら、風雅は嬉しそうに瑠美子を見上げた。明るい陽射しのもとで、露店は賑やかだった。瑠美子も夫とともに逝ってしまった3歳の勇一を思い出し、その面影を風雅に重ねてせつなく微笑んだ。

神社の境内には露天が並んでいる。こんな昔ながらの風景に、瑠美子の他にも市販のヒーリング・トイを連れた老人や、子供が混じって歩いている姿には違和感があったが、瑠美子自身、風雅の手をひいて、ときどき金魚すくいをさせたり、ヨーヨー吊りで遊ばせたりしている。そんな自分がおかしくもあった。

一通り楽しんだ後、風雅は、吊ったヨーヨーをぱしぱしと上下させながら、ふと或る露店の前で足を止めた。くるくる回る、いろとりどりの風車が無数にある店だった。

「綺麗ダネ。ネエ、オ母サン。コレ、ボクミタイニ、太陽電池デ動イテルノ?」

「ううん。風を受けて回っているのよ。ほら、風が吹いているでしょう?」

「ウン。今日ハ朝カラ、イイ風ガ吹イテイルモノネ。フーン、風デ動イテルノカア」

「どれかひとつ買いましょうか? どれがいい?」

「ウーン。ドレモ綺麗デ決メラレナイヤ。オ母サン、選ンデ」

「うーん。お母さんも迷っちゃうなあ。ねえ、じゃあ、フウちゃん。端から数えて行って、なにか思い出に残っている数字と同じのを選んでみたら?」

「ウン! ソレ、イイアイディアダネ!」

風雅はいろいろな数字を頭に思い描いているらしく、一丁前に腕組みをした。

「決メタ! 5番目ノガイイ!」

それは、水色と薄桃色が市松模様になった、やわらかな色合いの風車だった。瑠美子が店のおじさんに お金を払うと、おじさんは風雅の手に風車を渡してくれた。

「ね、フウちゃん。5という数字に、どんな思い出があるの?」

再び歩きながら訊くと、

「ヘヘヘエ。オ母サンニ初メテ会ッタ日ダヨ。今月の5日」

「フウちゃん……」

瑠美子は思わず、風雅の小さな体を抱きしめた。小さいながら、硬くて頑丈な機械の体だったが、瑠美子の腕は、風雅のぬくもりをとらえたように感じた。

「オ、オ母サン……? ドウシタノ?」

「フウちゃんがやさしいこと言ってくれたから、お母さん、うれしくて」

「オ母サン……。ボク、タダ、イツモオ母サンガボクニシテクレルヨウニ、シタダケダヨ」

風雅の手が、瑠美子の頭を撫でてくれた。

風車

楽しかった祭りの日から、3日が過ぎた。瑠美子と風雅の”親子”関係は良好だった。風雅は露店で手に入れた風車がよほど気にいったらしく、窓辺にかざしては、からからと回るさまを、熱心に見ていた。

「オ母サン……」

その日、瑠美子がアイロンがけをしていると、風雅が弱々しい声を出して寄ってきた。

「なあに? ……元気ないわね、どうしたの?」

「風車、回ラナクナッチャッタ……」

壊れたのかしら? と一瞬は思った瑠美子だったが、今日は朝から風が凪(な)いでいるのだったと思いだした。試みに、ふっと息を吹きかけてみると、風車は水色と淡い桃色の市松模様をくずして、くるくると回った。

「大丈夫よ、フウちゃん。息を吹きかけてごらんなさい。今、お母さんがしたように。ほら、ふっ、て」

ところが、風雅は片手に風車を握りしめたまま、うつむいてしまった。

「オ母サン、ボク、オ母サンミタイニ、フッ、テ出来ナイヨ。オ口ガ無インダモノ」

瑠美子は、その言葉に、はっとした。風雅の頭部はフルフェースのヘルメットのようなのだった。不用意な一言が、風雅を傷つけてしまったと感じた。

「ごめん。ごめんね、フウちゃん。……そうだわ、公園に行きましょう。風車を持って走ってごらんなさい。そしたら、きっと回るから」

風車

アパートから近い大きな公園には、平日ながら、ゲートボールに興じる年配者や、数少ない子供を遊ばせる若い母親らの姿が見受けられた。犬を相手に、フリスビーを投げている定年退職して間もないと思われる男性の姿もあった。あの犬は、本物だろうか? それともヒーリング・トイ? そんなことを考えながら、瑠美子は風雅の手を引いて、軽く走った。

「アッ、カラカラッテ回リ出シタヨ、オ母サン!」

走りながら、風雅が嬉しそうな声を出した。

「オ母サン、疲レルデショ? ボク、一人デ走ッテクル!」

風雅は元気に風車をかざして走り出した。

「気をつけてね! 周りの人たちにぶつからないようにね!」

万一ぶつかりでもしたら、相手の人間はダンプカーにはねられたくらいのダメージを受けるだろう。下手をすると命にかかわる。なにしろ小さいとはいえ、風雅はロボットなのだ。

「ハァーイ!」

風雅は飽かずに走り続けていた。瑠美子はベンチに腰をおろして、そんな風雅を眺めていた。ふと、夫と勇一のことが思い出された。夫と勇一はよくキャッチボールをしていた。

しばし、追憶の中に、瑠美子はいた。それが現実に呼び戻されたのは、金網を破る音と、急ブレーキをかけるトラックの悲鳴だった。

脇見運転か、居眠り運転か、大型トラックが、公園の金網を破って突っ込んで来たのだった。

「フウちゃん!」

瑠美子は我知らず駆け出していた。トラックの上げるブレーキ音と足がすくんで動けなくなっている風雅と全身に放散してゆく激痛。

ここはどこ? 真っ暗だわ。フウちゃん、フウちゃんは、無事なの……?

風車

「ミス・マープル! これから懐かしの時代劇DVDを観るんだけど、あなたもこっちへ来ないかい?」

いつものように、春の陽射しを浴びながらレース編みをしていると、同じホームの仲間から声がかかった。「ミス・マープル」とは彼女のあだ名で、いつも編み物をしている老嬢というところからきていた。  

「まあ、まあ、それは楽しそうだこと。私も仲間にいれていただこうかしら」

ミス・マープルは、綺麗な白髪に太陽の光をはじかせながら、編みかけの花瓶敷きを編物かごにしまって、車椅子の方向を変えようとした。すると車椅子が自然に、時代劇鑑賞を待つホームの愛好者が並んで座っているほうへ向いた。びっくりして振り返ると、1人の青年が車いすのハンドルを握って微笑んでいた。

「あら、一条さん。ありがとう」

満面の笑みを返して、ミス・マープルは言った。

一条と呼ばれた青年は介護士の着る水色の制服に身を包んだ25、6歳の青年だった。髪は少し長め、目は二重で、いつも優しげに笑っている。男性にしては、きめの細かい綺麗な肌をしている。彼は、この丘の上の瀟洒な老人ホームの誰に対しても同じように親切で人気があった。

「今日は水戸黄門だそうですよ。里見黄門さま」

「ああ、里見浩太朗ね。あのひとの黄門さまは一番上品だったわ。亡くなった主人もそう言ってましたよ。もっとも、あのひとは由美かおるさんがお目当てみたいだったけど」

あの日、夫と幼い息子の勇一は、二人でキャッチボールをしに、近くの公園へ向かう途中、信号無視の車にはねられ、一瞬にして命を失ってしまった。途方に暮れ、一日中アパートに籠っていた彼女の元に、夫の同僚が訪ねて来て、一体の子供のロボットを預けて行った。そのロボットとの生活は、彼女の心を癒してくれたが、何の因果か、その楽しい日々も、ある日ふたりで公園に行ったとき、酒酔い運転のトラックが突っ込んで来て、終わった。彼女はとっさにロボットをかばい、左足を轢き潰された。全身に無数の傷を負った。頭も打っていて、10年近く、記憶を失っていた。今も、ところどころの記憶が欠落していたり、混沌としたりしている。

「風車の弥七っていうキャラが出て来るんですよね」

ミス・マープルの車椅子を押しながら、一条青年は言った。

「僕も、風車持っているんですよ。思い出の大切な品でして。もう、何十年も前に母に買ってもらったんですが……」

一条青年が、すっと古びた風車を出した。

水色と淡い桃色の市松模様……。

酒酔い運転のトラックが突っ込んでくるとも知らず、走りながら、風車を回して嬉しそうにしていたのは……勇一? ……いや、違う。あの子だ、あのヒーリング・トイのような……。

「フウちゃん……?」

ミス・マープルは目を見開いて、一条青年を見上げた。

「やっと、気がついてくれましたね、お母さん」

一条青年は微笑んだ。

「フウちゃん、あなた、生きていたの、無事だったの?」

「はい。あのとき、お母さんが身をもって僕を助けてくれましたから。僕はロボットで、トラックと衝突したくらいではびくともしないと知っていたはずなのに、お母さんはこんな体になってまで、僕を抱きかかえて……。まだ、回るんですよ、この風車」

差し出した風車に、一条青年は、そっと息を吹きかけてみせた。

(完)

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