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掌編小説/  砂漠の灯台

砂漠の灯台

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その灯台は砂漠の中に立ち、砂の海を航行する船を導く。そしてまた、灯台の光は地面を照らし、見たこともない花を咲かせる――。

「まあ、そういうイメージで描いたんだ」

 広瀬のアトリエを訪れると、彼は新作を見せてくれた。

「今までの君の絵と、何だか違うな」

広瀬は人物画が専門だった。芸大時代から、28歳にして世界的な画家となった今でも。

「僕も不思議なのさ。ある朝起きたら、ふっとイメージが浮かんでね。一気に仕上げたよ」

広瀬はやや興奮している。

「――広瀬。レティー・ラグランという英国人女性作家を知っているか?」

「いいや」

「ロジェ・プレールは?」

「知らないな。どこの人だい。男? 女?」

「フランス人の男。中堅の作曲家だ」

広瀬は怪訝な顔になった。

「お前、何が言いたいんだ?」

「実は、レティーとロジェは、過去に同じ題名の作品をつくったんだ、『砂漠の灯台』という。どちらも未発表だが」

「へえ、僕の絵のタイトルと同じだな」

「あの頃、俺はフランスでピアノの調律をやっていて、ロジェに気に入られていた。彼は出来上がったばかりの新曲『砂漠の灯台』を披露してくれた。彼が言うには、曲を作る直前、ひとつの情景が浮かんだそうだ。彼は、それをもとに作曲したという。その情景を聞いて、俺はぎょっとした。レティーの小説に出てくる景色とほぼ同じだったからだ」

「……ロジェという作曲家が他人の創作した小説の情景を、自分が考え出したように偽ったってことか?」

「いや、俺はその2年前、イギリスの下宿屋にいた。レティーはそこの娘だった。俺はロジェの話を聞く前に、彼女の書いた『砂漠の灯台』を読んでいたんだ。まだ手書き原稿で、結局、活字になることはなかったが」

「不思議な話だな。ふたりの人間が酷似した景色を創造するなんて。……まさか、彼らが頭のキャンバスに描いたものと、俺の絵が同じだと言うんじゃないだろうな?」

広瀬はしばらく自分の絵を見つめ、やがて視線を私に戻した。

「――お前、何者なんだ?」

「風来坊さ。君が芸大の学生だったとき、俺はあの大学で警備員をしていた」

「ああ。同い年で、いい友達になれそうだと思った矢先、お前は外国に行ってしまった」

「俺は数多くの国々をめぐって来た。だが、ひとところに長くはいられなかった。――広瀬、君の感性は学生時代よりはるかに研ぎ澄まされている。君は自分でも気づかずに、俺の心の中を見てしまったんだ」

「妙な言いがかりはよせよ。僕がお前の空想を盗作したとでも言いたいのか?」

「違う。君が見たのは俺の故郷だ。俺を追放した俺の故郷の風景なんだ!」

 広瀬は茫然としたようだった。たぶん、私のことを少し頭のおかしくなった哀れな旧友と思ったのだろう

 私はかつて、砂漠の灯台守だった。私の世界では砂漠を船が渡るのは当たり前だった。

 ある日、私はとんでもないミスを犯した。幸い同僚が緊急信号を船に送って事なきを得たが、同僚が気づいてくれなければ船は転覆し、大勢の犠牲者が出ていたはずだ。

 私は故郷から追放された。そのとき、私は厳重に言い渡された。この世界の存在を他の世界の人々に知られてはならないと。

私は片方の掌を見つめた。そこから光が野球のボールぐらいの大きさに膨れあがってゆく。広瀬が白昼夢を見ているような目をした。

「俺はイギリスでもフランスでも、こうして光を使った。レティーとロジェの『砂漠の灯台』は偶然の発想かもしれないが、念の為にと考えて。だが、本当に偶然だったのか? だから俺は再び君に会いに来た、真実を確かめる為に。俺が芸大を去ったのは、なんとなく君に俺の心を透視されそうな恐れを感じたからだ。1か月前、俺が訪ねたとき、君は新作の構想を練っていた。今ひとつなんだと言って。ところが今日来てみたら、君は俺の働いていた灯台と周辺の景色を描いていた。俺にとってはこのうえもなくリアルな絵だ」

私は手の中の光を広瀬に放った。光の球が彼の頭に吸い込まれていく。彼は倒れ込んだ。彼の記憶の操作は光がすべてやってくれる。必要な記憶は傷つけず、不要な記憶だけを抹消する。砂漠の灯台、そして私の存在を。

私は広瀬が眠っている間に、襖ほどもある大きなキャンバスを燃やした。

私の生きる場所はどこにあるのか。どこへ行っても必ず私の心を感じる人間がいる。それを形にしようとする人間がいる。私はそのつど彼らの記憶を消し、彼らに忘れられ、この異世界を彷徨し続ける。灯台を見失った船のように――。

(完)

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