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掌編小説/  トロピカルフルーツ

トロピカルフルーツ

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「ララーナ、かあ」
弓子は白い砂浜とエメラルドグリーンの海を眺めながら呟いた。

「どうしたの。不満そうじゃないか?」

隣を歩いていた勇治が苦笑をもらした。

「だって」

弓子が勇治に、きっと顔を向けた。足元の砂が、ビーチサンダル履きの勇治の脛を打った。

「私は沖縄に行きたかったのよ、沖縄! せっかくの新婚旅行なのに! それなのに、なに、ここ! ララーナ? どこにある国なのよ! やたら流暢(りゅうちょう)に日本語を話すホテルマンやお土産品店の人達!」

「えーと、ララーナは……諸島の南西300キロに位置する島で、バチカン市国よりも小さい……」

勇治が愉快そうに、ガイドブックの一節を読み上げた。ガイドブックと言っても、パソコンで打った数枚の紙をホチキスで留めただけのものだ。

太陽が眩しい。季節は晩夏を過ぎ、すでに秋に入っているが、幸い好天に恵まれ、シーズンオフで観光客の少ないこの時期でも水温は高く、美しい海が、弓子と勇治の為の貸切状態だ。

「いいじゃないか。商店街の福引で用意していた景品としては気が利いているよ。誰かに”新婚旅行はどちらに?”と訊かれたら、”まだ一般のかたには縁遠いと思いますが、南国ララーナ王国ですのよ、オーッホッホッホ!”って答えたらいいだろう」

勇治は弓子の声色を使った。

「よしてよ、気持ち悪い!」

「まあ、機嫌を直せよ。あ、ほら、あそこ、見てみろよ」

勇治が指さした先には、砂浜に所狭しと生えている木々があった。根がタコの足のように立って、海水を受けている。

「あれが、名物 ”トロピカル”ね? マングローブみたい。でも、実は……ここからじゃ、はっきり見えないけど、パパイヤみたいね。どんな味がするのかしら?」

お昼が近かったせいか、あるいは生来の果物好きだったからか、弓子の機嫌はころりと直った。

「ひじょうに美味でございますよ、奥様」

いきなり背後から声がしたので、新婚カップルは思わず手を握り合って振り向いた。

宿泊しているホテルの支配人だった。銀髪に微笑んでいるような細い目、痩身の男だ。

「昼食は軽くサンドイッチにして、食後のデザートに果物の盛り合わせをお持ちいたしましょう。もちろん、トロピカルをふんだんに入れさせていただきます」

トロピカルフルーツ

「……、あのー」

弓子は運ばれてきたフルーツの盛り合わせを前に、納得のいかない顔を、支配人に向けた。

「トロピカル、って、どれですか? これはオレンジでしょう? こっちはパパイヤ、マンゴー、メロン……」

「これでございます、奥様」

支配人は、5ミリくらいの厚さで、短冊切りにした、黄色い物体を、弓子の皿に一枚乗せてくれた。

「はあー、これ? なんだか、随分身が薄いんですね。わざとこうしてあるのかしら?」

「いえ、種を取り除きましたら、皮に5ミリほどの実しか残りませんので」

「そりゃ、相当でかい種だね。見てみたいよ」

「はい。そのつもりで、今、厨房で洗っております」

「あら。種もくださるの? それ、うちのベランダのプランターに植えたら、育つのかしら?」

「あいすみません、それはたぶん、無理かと。なにせ、ララーナとは気候や土の質などが、いちじるしく異なりますので」

そうか。がっかり。弓子と勇治はそんな心持で顔を見合わせた。しかし、それなら、どうして種なんかうやうやしく持ってきてくれるのだろうか。

「まずは、ご賞味くださいませ」

支配人に勧められ、弓子と勇治は種のことは忘れて実のほうに集中した。

「美味しい!」

「うん。美味しい!」

2人は声をあげた。

「よく旅番組のレポーターが、その土地の名物を一口食べて、きまって”おいしい!”って叫ぶでしょ? もっと具体的に説明しなさいよってつっこみ入れたくなるけど、美味しいものは美味しいわね」

弓子が顔を赤くしてぱくついた。

弓子と勇治はわずか3分ほどで、トロピカルをたいらげてしまった。なにしろ、パパイヤの3倍ほどもある大きな実から、片手で軽くすくえる程度しか実がとれないのだから。

「あ、ボーイが種を持って参りました」

支配人が言った。

まだ15、6歳くらいの聡明そうな少年が、紺色のビロードで包んだものを手にテーブルのそばに立った。

トロピカルフルーツ

「ちょ、ちょっと、なに、これ!」

弓子が叫んだ。目の前には、トロピカルの”種”。

それは、碁石に似た形状の、色とりどりの石――宝石だった。それも、生半可な量ではない

「ちょ、ちょっと、これヤバイッすよ。ホテルの金庫にでもしまっておかないと」

勇治も慌てている。

「お客さまのお部屋の貴重品箱にお入れになって鍵をお締め下さい」

支配人が、さらっと言った。

「ええっ、なんで僕らがこんな高価なもののガードしなきゃならないんですか!」

「それは、これがあなたがたご夫婦のものだからでございます」

「えーっ! このフルーツの盛り合わせ、日本円にして2,800円だっていうから、いただいたんですよ。今さら、億単位のお金請求されても払えないわーっ!」

取り乱す新婚夫婦を前に、支配人は、おほんと咳払いをした。

トロピカルフルーツ

「それは、種ですから。あなたがたのお国では育たない、ゴミでございます。トロピカルは自生しているもの、栽培しているもの、どちらもございますから、お客さまがたから種のお代までいただくつもりはございません。ただ、海外のかたは、こういうものがお好きだとお聞きしたので……」

「わたし、アクセサリーの類に興味はないの。結婚式とお葬式に出るときの為にって、真珠のネックレスとイヤリングのセットを母からもらったけれど、それだけ。結婚指輪だって、ほら、大人しいものでしょ」

「そうですよ。こんな身の丈に合わないものを手にしたら、僕らは堕落してしまいます」

「欲のないかたがたでございますなあ」

支配人は鷹揚に笑った。

「では、せめて、お二人の誕生石をお持ち帰りくださいませ。誕生石を身につけていると、魔除けになると申しますから」

「そういえば、そんな話は聞いた気がする」

弓子が、やっと平静を取り戻して言った。

「それじゃ、弓子は8月だからペリドットだな。そこの黄緑色の、そうじゃないか?」

「うん。日本に帰ったら、ペンダントに加工してもらおうかしら?」

「しかし、支配人さん。こんな不思議な果物があるなんて国外のひとに知られたら、たちまち泥棒は乗り込んでくるわ、宝石のバイヤーが買い叩きにくるわで大変ですよ」

「ご心配なく。”トロピカル”は、ひとを選びます」

不思議な笑みを浮かべて支配人はそう言った。

トロピカルフルーツ

弓子は、勇治に確認したくて仕方がないことがある。しかし、それを口に出せば、夫婦の仲まで壊れてしまいそうで怖い。

「ねえ、勇治」

この日、弓子はついに意を決し、夕食をすませて、こたつに入っている勇治の背中に声をかけた。

「なに?」 

「私ね、ときどき昨年の新婚旅行のときの夢を見るのよ。沖縄に行ったのよね?」

当り前だろう、今からボケないでくれよ、と注意されるかと思ったが、勇治は真面目な顔をして振り向いた。

「確かに、首里城とか、美(ちゅ)ら海水族館を見てまわった記憶があるし、他の観光客のひとにシャッター切ってもらった記念写真もあるからね。……でも」

「うん。でも?」

「僕が気になっているのは、いつからかお守り袋に入っている、この碁石の形をした天然石」

勇治は首から守り袋をはずして中味を掌に出した。紫色の石だった

「ガラス玉……じゃないような気がするんだ、何故かね。これ、本物のアメジスト、だろ? 僕の誕生石だ」

「やっぱり、あなたも持ってたのね。私のはペリドットよ、ほら」

「どこで買ったんだっけ? っていうか、これだけでかけりゃ、値段が……。こんなもの買う余裕なんてないもんな?」

「うん。……え?」

「なに?」

「今、ララーナって言わなかった?」

「言わないよ。なにそれ?」

「わかんないわよ。ねえ、マングローブみたいな木から、パパイヤの3倍ぐらいある実がとれて、それを食べたことなかった?」

「トロピカル?」

「そうそう、それそれ。……って、どこで食べたの私たち」

「なんだか、あの新婚旅行って、どこかあいまいな思い出になっているんだよなあ」

「ま、商店街の福引で当たったんだから」

弓子は笑った。

「なんだかよくわからないけど、この宝石はふたりだけの秘密にしておいたほうがよさそうね」

「ああ、そうだな。かすかに残っている、不可解な記憶とともに」




(完)



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