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花代(はなだい)

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  首里城は、琉球処分の前と変わらず、堂々とそこにあった。長い歴史の足跡が、かつては鮮やかだっただろう丹(に)の色をくすませていた。

綺麗な紅をさしたウサは、緑の多い敷地内へ、ずいと踏み込んだ。そのままいくつもある門を抜け、奉神門(ほうしんもん)をくぐった。真正面に正殿がある。入口部分に造られた大龍柱や小龍柱をはじめ、屋根の棟飾りなど、龍を扱った様々な装飾が目についた。これも中国との交流の影響だろう。しかし、昨春の琉球処分で琉球王国がヤマトの一県にされてしまってからは、中国への渡航は明治政府によって禁止された。

それよりウサが気になっているのは、夕暮れ迫る首里城の敷地内のあちこちに、若い娘達の姿がちらほら見受けられることだ。百姓の娘、侍の娘……。皆、精一杯のおめかしをして、さざ波を誘うように揺れ動いている。すると正殿の中から、軍服を着た男達が、ひとり、ふたり、と出て来て、娘達とにこやかに何か話し始めた。今、首里城は熊本鎮台(ちんだい)沖縄分遣隊の兵営になっているのだ。

ウサはむかついてきた。こんなところで素人娘に稼がれては、本職の遊女(ジュリ)がかなわない。まあ、娘達は、琉球処分で没落した侍の娘や、王国時代から生活苦に喘ぐ百姓の娘達のようだから、営業妨害だと責める気にはなれない。ウサだって王国時代、五歳で売られた百姓の娘だった。悪いのは、それを「買う」男達なのだ。しかし、「あいつ」は、鎮台兵も百姓の次男、三男なのだと言っていた。

「あっ! 見つけた!」

ウサは一人の若い鎮台兵目がけて突進した。

「この野郎、踏み倒した三日分の花代、払いやがれ!」

ウサは鎮台兵の胸倉をとって、ぶんぶん前後に揺さぶった。

「ああ、やめてくださいー。脳みそが頭蓋骨にぶつかるー。それにー、踏み倒したってなんのことですかー」

「なにを気の弱そうな声出してるんだい! 豪気に遊んで行ったくせに! てめえ、琉球随一の遊廓・辻のジュリをなめてんのかよ! それともウチナーンチュを馬鹿にしてんのかい!」

ふたりは土埃をあげて、倒れ込んでしまった。ウサは鎮台兵の上に重石のように乗った。

「すっとぼけるんじゃないよ! この、福耳野郎!」

ウサは相手の両耳をぐいっとつかんだ。そこで、不審がきざした。

「あ……あら? 福耳……じゃない。なんだか貧乏そうな……」

「そうさ、兄貴はいつも貧乏くじひいいてんのさ、ウサ姐(ねえ)さん」

背後で声がしたので、ウサはぎょっとした。

「え、えーっ! 同じ顔がふたつ。なに、あんた達双子かい?」

ウサは自分が組み敷いている男と、背後に立っている男の顔を見比べた。

「双子じゃねえよ。俺は二つ下だ」

立っているほうが言った。

「じゃあ、花代踏み倒したのはてめえのほうかい!」

ウサは、兄のほうを放り出して、福耳のほうにつかみかかった。が、こっちは兄より腕が立った。ウサは軽く腕をねじられてしまった。

「あいたたたた……! かよわい女に乱暴するんじゃないよ!」

「そうだ、やめろよ、与八(よはち)!」

背中を土まみれにした兄のほうが、割って入った。

「お前、遊んだんなら、きちんと花代払えよ」

「べつにいいじゃねえか、つけにしてもらってもよぉ。こっちは熊本鎮台沖縄分遣隊の鎮台兵様だ。琉球処分の二年前には、九州で起きた西郷隆盛の反乱を抑え込むのに抜群の働きをした。『百姓鎮台』なんてえ、馬鹿にされてたまるか!」

「それなら、なおさら花代をきちんと払え。遊女を、沖縄のひとを、何だと思っているんだ」

兄弟は取っ組み合いの喧嘩を始めた。

「沖縄人にしろヤマト人にしろ、俺達は同じ百姓だ。互いの苦労は知っているだろう」

「ちぇっ」

与八が制服についた埃を払ってから、ポケットに手を突っ込み、財布を取り出した。

「たしかに」

乱暴に手渡された花代を、ウサは嫌味ったらしく勘定してそう言った。

そのとき、新北風(ミーニシ)が吹いた。秋だねえと、ウサは首をすくめた。  

見上げると、薄曇りの空の中、北から渡ってきたサシバが優雅に舞っていた。

(完)

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